第10章 別れ
「なんか隠した?」
「なにも。筆ペンの練習してただけ、ほら」
あたしはノートの1ページ目の尊夕凪を見せる。あんな連名、悟くんにも見せられない。ノートにはさほど興味がなかったようで、悟くんは筆ペンの方に目がいったようだ。
「これでよく遊んだよなぁー」
悪そうな顔して近付いてくる。嫌な予感がする。子供の時のデジャブだ! あたしは反射的に両腕で顔をガードする。筆ペンで顔に落書きしようとしてくるのを必死で阻止する。
もうすぐ19になろうとしてんのに、まだこんな幼稚な事したいの? はやく五条の用事してきなよ!
ガードを外して筆ペンを取り返そうと、手を伸ばすけど、子供の頃と違ってまったく身長が足りない。あたしが真剣になればなるほど、ほらほらって右に左に持ち替えてる。
ムキになったら負けだ。咳払いをいれてあたしは冷静を努める。
「そういうことしてるとバチが当たるよ。文字は神聖なものなんだから」
「バチねぇー、どんな?」
「あたしがいなくなるとか!」
「はは、ねぇーだろ」
冗談で言ったつもりだった。
けど、本当に文字の神様のお怒りを受けたのかな?
幸せな時間はここまでだった。それからあたしは、足元をすくわれるように、次から次へと深い穴に落ちて行く。まるで自分で作ったイチョウの絨毯の落とし穴に自分で落ちていくかのように。