第6章 キスの味
「駄目だ、指示なく動くのは危険だ。奴はまだ高専内にいる可能性がある。尊が敵うような相手じゃない。わたしが確認してくるから尊は硝子とここにいてくれ」
「嫌です、あたしも行きます。お願いします。行かせてください!!」
「駄目だ。悟がそれを一番望んでない。尊を死なせるわけにはいかないって、アイツは、悟はいつもそう思ってた……」
昨年のお盆の夜、離れでふたりっきりで、悟くんがあたしの大好きな和装姿で言ってくれた言葉を思い出す。
「死なせねーけど」
急に涙が滝のように溢れ出した。まともに息ができない。こんなのやっぱり嘘だ。
もう悟くんの声が聞けないの? あたしの事、見つめてくれたあの青い眼差しを見返す事は出来ないの? 抱きしめてくれた腕、高専来いよって引き寄せてくれた手首、転ばないよう繋いでくれた手、触れそうになった鼻先、髪におかれた手、すぐそこにあった唇、夕凪の事好きだけど、って言ってくれた悟くん。もう見る事は出来ないの?
「アイツ」
悟くんが、あたしを指差したのを思い出す。無表情でじっと見つめられた。初めて悟くんと会った桜が咲き乱れてたお庭。
「夕凪」
今、名前を呼んでくれたような気がする。え? あたしのこと呼んだよね? どこ? どこにいるの? どこに行けばいいの?
ねぇ、悟くんどこ?
悟くん、聞いて、お願い。あたしの声が聞こえる? もう一度さ、あたしのこと池に落としてもいいよ。「弱っ」って言いながら。
背中に氷入れても、蛙で引き出しの中いっぱいにしても怒らない。ジュースにタバスコ入れても、お人形の髪の毛、全部切っちゃっても嫌いって言わないから、もう一度、あたしのこと「夕凪」って呼んで。
もう一回池まで競走しようよ。洋服もTシャツしか着ない。五条家のおうどんも何杯でも作ってあげる。一緒に写真撮ろ! 今度はあたしいい顔するから。思いっきり笑顔で悟くんと並ぶから。だから、だから、もう一度、あたしの前に立って……。
頭の中がぐちゃぐちゃになって、記憶が混乱して、訳がわからなくなって、あたしは一瞬、気を失った。