第8章 仮初
沈黙に耐えかねたのか鶴之丞が捨て台詞のように言葉を吐き捨てた。
「その肩口で、貴様が穢れであることが解った。
だが、貴様は近年まれに見ぬ逸材と知っているがゆえに手元に置いている」
要するに『穢れを知っても捨てきれぬ』という思いなのだろう。家元であるはずの目の前の男が、妻として迎えた女の仕事の穴も埋める覚悟がないらしい。
仕事の方は相変わらず菖蒲自身にも声が多くかかっていた。
「よく、わかりました。
わたしはわたしでやらせていただきます。
こちらの屋敷に住まわせていただいている分のお役目を果たしていく所存です」
菖蒲が踵を返し部屋へ戻る瞬間、鶴之丞は彼女の強い眼差しと強い決意の言葉に身震いした。
己の存在を脅かす存在になるのではないかという恐怖と、彼女をこの界隈に留めておかねば流派の存続にかかわる事態になる恐怖でしばらくその場から動き出すことが出来ない。
ただ、先ほどよりも激しく震える怒りへと変貌した恐怖が爪に力を注ぎ、その掌の傷を深めていくのだった。
その日以降、菖蒲はさらに働くようになった。
高弟の門戸を頻繁に訪れては、そこで学ぶ門弟門下生との交流を深め、座敷や神社の祭りにも頻繁に顔を出すようになる。
お得意先にも積極的に出向き、交流を深めていった。
一方では、鶴之丞からの冷遇は続き、朝、顔を合わせても挨拶はなく、視線すら交わされることはない。食事も別々で、まるで屋敷の中に一人住まうかのよう。
しかし、自らの幸せを全てを捨てる覚悟で選んだ道である。
そして、何より、舞うことだけが、彼女の心を空っぽにさせずに済む、唯一の生きる糧だった。
『神楽舞踊を、後世に伝え繋ぐ使命がある』
師範から受け継いだその言葉が、彼女を支え続けた。
どれだけ鶴之丞の冷遇を受け、「穢れ」であると罵られようとも、神楽舞踊を立て直し、誇りを守り抜くという志を強く持ち、ただ前に進むだけ。
彼に何を言われようとも、自分の価値は舞の中にある。
後ろなんて向いてられないと、ただ我武者羅に突き進んでいくのだった。