第10章 凍土の胎動

「あの子を、どうか……救って、連れ出してくださいませ」

静代の言葉は、童磨の感情の不在を揺さぶるには十分すぎる、深い愛と悲哀に満ちていた。

童磨は、しばらくの沈黙の後、再び静かに笑った。しかし、その笑みは、先ほどまでの虚飾の冷たさを失い、どこか満足したような、不気味な、しかし妖しい熱を帯びていた。

「ふむ……『俺に助けを求めるのは、菖蒲が選んだ道の最終的な失敗を認めたことになる』、か。
そして、『俺が手を離したことへの責めを負う』……実に、面白いね」

彼は、静代と実田の顔を交互に見つめ、ゆっくりと立ち上がる。

そして、真っすぐに静代の前へと進み視線を合わせるよう座り込んだ。

「二つ、静代殿に聞いてもいいかな？」

虹色が歪んだ甘さを孕んだまま、静代の顔色を覗き込む。
近距離の虚無の笑みの奥の興味が静かに威圧を伴い、震えあがりそうなのを何とか堪える。

「はい。あの子のためになるのでしたら何なりと」

目を細めて、僅かに口角が上げて、一つ目の質問をした。

「菖蒲を連れ戻せば彼女は、どういう扱いを受ける？」

「身も心も命をも削るような思いまでさせてしまいました。
なので、菖蒲が心から望む道を進めるよう手助けしてやりたいと思っております。

どのような扱いをあの子が受けようとも、今度こそはこのようなことにならぬよう気を付けてあげたい…」

実田からこの一件を聞かされてからずっと頭の中を巡っていた思いを言葉にする。

それは、菖蒲への後悔と心からの謝罪、そして今後また会えた時の決意に他ならない。

「それは、菖蒲が望めば、俺の下においても構わないという事かな。もちろん、あの子は俺の信徒たちとは別者だと初めから考えているから静代殿が思うように大事にするよ」

真っすぐに静代を見ながら問う声や瞳の奥の感情に、人外といえど、この者が淀みも影もない心で菖蒲のことを思っているのだと思った。

そして、綺麗に身なりを整えて楽しそうに「行ってきます」と言って休日に出かけたり、嫁ぐことが決まった夜に悲痛な思いをして飛び出していったことを思い返す。

＿＿＿＿＿＿＿あぁ、あの子と、この”人ならざる者”の間には人並み以上に輝くような「純真な愛」があったのね。

涙が込み上げてくる。