第10章 凍土の胎動
静代と実田は、簡素ながらも清掃が行き届いた客間に通され、一服の茶を勧められた。しかし、二人の緊張は解けない。
松乃は、部屋を出る直前、静代の顔をもう一度、一瞬だけ見つめた。
過去への複雑な感情を湧き上がらせながらも、現在の切迫した状況への覚悟を胸の内で唱えながら伝達に急ぐ。
廊下を奥へと進み、最も豪奢な本堂へ。
「童磨様。実田様がお見えです。そして、菖蒲様の命に関わる重大なご相談とのこと。さらに、菖蒲様の親であり師であった霧滝静代様という方もお連れです」
松乃は、童磨が普段休んでいる部屋の前で、感情を一切排した声で報告した。「命に関わる」という言葉と、「霧滝静代様」
という過去の因縁に繋がる人物の名は、感情を持たないはずの童磨を動かすための、松乃なりの最善の策。
しばらくの静寂の後、本堂の奥から、静かで冷たい、しかし異様な熱を帯びた声が返ってきた。
「……静代?あぁ…養母がいると言っていたね。おおよその予想はしていたが…。ふふ、面白い」
童磨の心底から楽しんでいるような声だったが、その響きは、長く仕える彼女にとって、抑えきれない怒りの前兆のように感じられた。
「すぐに通しておくれ。……ああ、その前に、菖蒲のことが本当か、いきさつも含め、よくよく聞かせてもらう」
「承知いたしました」
松乃は、すぐに客間へ戻った。彼女の顔には再び柔和な笑みが戻っていたが、その目の奥は一切笑っていない。
「お待たせいたしました、実田様、静代様。教祖様がお目通りを許されました。教祖様のご機嫌がよろしい内に、全てをお話しください。わたくしが、まずはお二人の話を拝聴いたします。まずは本堂の方へ…」
その言葉は、優しさを含みながらも、人ならざる存在へ嘆願する際の絶対的な決まり事を伝えていた。
本堂につくと、更に異質な空気が漂い、二人に緊張が走る。
話を聞きつけた唐津山が茶を持ってきて静かに二人の前に配置するが、その音すら立ててはいけないほどに空気が張り詰めていたのは、畳を滑るような衣擦れ音がこちらに進んでくると同時に異様な圧を感じたからだ。