第10章 凍土の胎動
「そこはご安心を。屋敷の菖蒲さん専属の使用人『おふみ』。彼女は鶴之丞殿に脅されながらも、菖蒲を心から心配しているようすだった。鶴之丞にも怯えている様子だったから、細心の注意を払いながら菖蒲さんを守ってくれているよ」
「彼女を通して、わたしが中の情報を得られるよう、手を回しておく。静代殿には、童磨殿との謁見の準備をお願いしたい。
勿論わたしも一緒に行くよ」
実田と静代は、緊迫した表情のまま、救出の手筈を静かに練り上げていった。外の太陽はすでに傾き、窓から差し込む光は、屋敷の畳の上に長く冷たい影を落としている。
それはまるで、凍てついた大地の下で、巨大な何かが胎動するかのように、深く重く暗い何かが動き出しているようだった。
静代と実田は、その日のうちに、実田の持つ特別なツテを使い、万世極楽教の教団本部へと向かう準備を整えた。
次の日には急遽すべての予定を取り消したり、他の弟子に回したりして、その日の日が高いうちに静代の屋敷を出た。
実田の執事が運転する車で麓まで走り、麓の旅館で馬車に乗り換えると、山の中腹辺りで一つの村の奥にある竹林を超えてからは徒歩で細い道を歩いた。
竹林を超えれば、人の気配は消え失せる。
空気が一変し、肌を刺す山の冷たさの中に、神でもない、何か神秘的な異様さを感じた。
しばらく歩けば、大きくそびえ立つ白壁の建築群が、山の傾斜に沿って幾つも行儀よく並んでいるのが見えた。一つ一つの建物は、街の社寺のように巨大ではないが、その均整の取れた配置と、純白の壁が醸し出す統一感は、異様な迫力があった。
全ての建物の軒や梁には、太陽の光を反射して眩いほどに輝く金の装飾が施されており、それが山奥の深い緑と青い空とのコントラストの中で、「俗世を超越した美しさ」を主張している。
「まるで……雪の中に咲いた、虚飾の華のようだな」
実田が思わず呟いた。そこは、静代が想像していた簡素な山小屋ではなく、童磨の説く「極楽浄土」を、そのままこの世に具現化したかのような、白と金で彩られた巨大な舞台だった。