第16章 釘
ー穂波sideー
昨日はあの後、ずっと練習してきた歌の動画を撮った。
侑くんの提案で。
お客さんのいない、わたしたちだけの発表会みたいでそれはそれは楽しかった。
そしてわたし達は同じ布団で寝た。
でも、何もなかった。
当たり前だ、と言いたいところだけれど、
わたしがその言葉をいうにはちょっと… あれなので当たり前とは言えないけれど、
わたしはぐっすり眠ったし、侑くんも然り、だった。
ただただ、別れを惜しむように肌の距離を少しでも縮めていたかった。
…と思っていたのだけど。
今朝、シャワーを浴びると、
左脚に残っていた侑くんのキスマークが赤くあかぁく、初々しく、花咲いていた。
そして昨晩キッチンで侑くんの言っていたこと、
わたしが促されるままに口にしていたことの意味を悟った。
そしてフラッシュバックするあの言葉、表情。
── 「ごめんな、今回はそうでもないんやで」
意味を理解した途端、一層色っぽく押し寄せてきて。
何を能天気なことを思っているのやら、って逆に冷静になるほどだった。
他にいろんなところ触られてないかな、とか普通は思うのかもしれない。
でも何か、確信があった。
ほんとに侑くんはここに、キスマークを落としただけだっていう。
だから、やられたな… くらいでそれ以上もそれ以下もなく。
何かわたし達の関係性すらそこに感じるような痕だなと思った。
そして今、わたしはビーチに来ている。
バスで来たからサーフボードは持ってない。
ただ、海を見ていたかった。
足をつけたら最後、
パソコンとか貴重品の入った荷物のことも忘れて遊んでしまう気がして、
おとなしく、お利口さんに、ビーチに座って海を見ている。
幸せだったな、
いつだって幸せだけど、
幸せな一週間だった。
侑くんはもちろん、
研磨くんにも本当にありがとうって思う。
こんなわたしをいいよって言ってくれて、
こんなわたしを好きでいてくれて、
そしてこんなわたしが研磨くんのことを好きでいることを許してくれて、信じてくれて。
会いたいな。
全部全部が結局研磨くんに繋がっていってしまう。
不思議なようで当たり前なような気もする、不思議。
研磨くんの、魔法。