第19章 ドンキホーテ・ロシナンテ
「ね、やっぱりここからの眺めが一番素敵でしょう」
「…あの後何回も来たろう。死ぬまで言わせる気か」
「何回言ったっていいでしょ。きれいなものはきれいなんだし」
島の最北端に位置する岬。
黄金の光の球が今まさに水平線の向こうに消えようとしている。
隣には気持ち良さそうに伸びをするアウラ。コイツが気に入っていると言うから、数え切れねぇくらいここから沈む夕陽を見た。
「あの向こうに何があるんだろうって考えるだけで、ワクワクが止まらなくなるの。ここから眺めるのも良いけど、やっぱり自分で確かめに行けたらどんなにいいかって思っちゃう」
以前、同じようなことを呟くのを聞いて、海に出る気は無いのかと聞いたことがある。その時アウラははっきりと、島を出るのが怖いと言った。
悪ガキ達も、暗い夜の森も、森の中に棲む獣にですら、恐怖を表に出さなかったコイツが、唯一その時だけは怯えた目をしていた。
動物的な本能か何なのか知らねぇが、感じるものがあるんだろう。そして、俺の経験ではそういう嫌な予感がする時は必ず理由がある。コラさんがコイツをここに置いていったのも、そこに答えがあるのかも知れねぇと勝手に思っていた。
「なぜか島を出ることを考えるとすごく嫌な感じがするんだけど…」
僅かに目を細めた後、アウラは呟く。
そしてさらに岬の先端に足を進める。
「落ちるなよ」
「大丈夫だよー。心配性なんだからもう」
思わず声をかけると、アウラは俺を振り返って笑う。
崖まであと一歩の危うい位置。
夕日に照らされ、淡く金色に染まった頬。
随分伸びた髪を耳にかけ、揶揄うような笑みを浮かべる。何故か、風に溶けてそのまま消えてしまうんじゃねぇかと思った。
「でもあたし、いつか絶対、この島を出る」
アウラはきっぱりと言った。
「それでね、いろんな人に会って、いろんなものを見て、たっくさんいろんなことを知るの。世界はこんなにも広かったんだってびっくりして、怖がってたことなんて忘れちゃうの。…きっと、そうなるの」
そう言って楽しそうにくすくすと笑う。
心底楽しそうに、目を細めて。