第30章 アルティソナンテに膨らむ想い【起首雷同】
「【澱月】――やれ!」
順平の号令に【澱月】が動いた。
身体をくねらせて飛びかかり、鋭く伸ばした触手を血塗に伸ばす。けれど、血塗は身をそらして躱し、身体を大きく膨らませた。
無防備な順平に向かって再び血液が放たれる。
「【夏の夜は まだ宵ながら 明けぬるを 雲のいづこに 月宿るらん】!」
眩く輝く月の光が薄暗い森を照らし、血液を弾いた。
「神ノ原さん、ありがとう!」
「別に。それより、逃げないでいいの?」
「うん。逃げないって、決めてるから」
震える指先が食い込んで、手に血が滲んでいる。
微かに歯もカチカチと鳴っていて、恐怖を感じているのは確か。
だが、【澱月】の動きに迷いはない。
順平が本気で『逃げたくない』と踏みとどまっている証拠。
ならば、これ以上 言葉を重ねるのは野暮というものだ。
「ジュンペー。わたしの術式は歌から連想される事象を現実に具現化できる。その分、歌っている間は隙が生まれやすい」
術式の開示。
これで術式の効果が上がる。
まぁ、目の前の呪霊にとっては大差ないかもしれないが。
「どうするの?」
「【澱月】の触手でアイツを拘束できる? そうすれば、わたしが叩く」
コクリと頷いた順平が【澱月】を呼ぶ。
主人の命令により、【澱月】の動きが変わった。
ビュンッと伸びる【澱月】の触手を避けられるも、触手の一つが木を薙ぎ倒し、逃げ場を塞ぐ。
そうして、血塗は捕えられた。