第5章 五夜目.雨
—15小節目—
急
エリは、マンションの一室の扉をノックした。いらっしゃいと出迎えてくれるのは、一人暮らしを始めた壮五である。
二人がこうして雨が降る日以外も会うようになったのは一ヶ月ほど前の、あのお見合い以降のこと。親が見合い相手に互いのことを選んでいたなんて、まさに人生は小説より奇妙だと二人は笑った。そしてそれがごく自然の成り行きのように、恋人同士になったのである。
『一人暮らしにはもう慣れた?』
「それなり、かな。でも家事は意外と楽しいんだ。特に料理は僕に向いてるかもしれない。今度、何か手料理をご馳走するよ」
『ふふ。楽しみにしてる』
逢坂の家を出たと聞いたときは驚いたが、こうして朗らかに笑う壮五を見てエリはほっとした。
「でも、君の御両親はやっぱり肩を落としていらしたね。僕が逢坂から離れてしまったことが、相当ショックだったんだ…」
壮五は度々こうして、エリやエリの両親のことで思い悩む姿を見せた。彼は優しいから、いつもこうして自分のことよりも他人のことで思い詰める。
その度にエリは、壮五の手を取った。
『壮五さん。私や、私の両親のことを考えて身の振り方を決める必要なんてない。父も母も、付き合いをやめろなんて言わなかったでしょう?逢坂の家柄なんて私はべつに興味ない。私が興味を持っているのは、壮五さん自身だけだわ』
そう告げると、壮五は薄い桃色に頬を染め、幸せそうに瞳を細めるのだった。