第26章 あなたに恋して
「やはり疲れたか?俺の視察に付き合わせてばかりだったからな。見たいものも見れず退屈だったのではないか?」
「や、そんなことないです。目新しいものが見られて楽しかったですし、信長様が商いの話をされているのを隣で聞いているのは新鮮でした。ちっとも退屈じゃなかったですよ?ほら、お茶頂きましょう…甘味も…わっ、柏餅じゃないですか!う〜ん、美味しそう!」
運ばれて来た季節の甘味は柏餅で、柏の葉の良い香りがしていた。
葉っぱの間にチラリと見えているお餅も艶があって柔らかそうだった。
「ふっ…貴様はまたコロコロと表情を変えて…飽きん奴だ」
くくっ…と軽やかな笑い声を上げる信長様を見て、私も頬が緩む。
一緒に城下を巡ってお茶を飲んで他愛ない話をして…二人きりで過ごすこんな時間が本当に楽しくて、私はこれ以上ないほどの幸せを感じていた。
そうして暫くの間、お茶を楽しみながらゆったりと休憩をしていた私達だったが……
「……………」
信長様は何かを思い出したかのように、ふいに目線を泳がせる。
(……ん?信長様…?)
「朱里、すまんが用事を思い出した。すぐ戻るゆえ、ここで待っていてくれるか?」
「えっ…は、はい…あの、用事って…?」
「……大したことではない。俺が戻るまで、ここを動くなよ?」
するりと頬を撫でながら、念を押すように言われると、それ以上詳しく聞くことが憚られた。
足早に茶屋を後にする信長様の背を黙って見送ってから、私は小さく溜め息を吐いた。
(きっと何かお仕事の用事なんだろう。私が邪魔するわけにはいかない。信長様は日々お忙しい方だもの…仕方がないわ)
内心は、久しぶりの逢瀬が中断されてしまった寂しさでいっぱいだった私は、それを誤魔化すかのように柏餅の残りを頬張った。
甘い柏餅のはずが、塩漬けの柏の葉のしょっぱさが妙に口に残って何とも言えない気持ちになった。