第26章 あなたに恋して
「良い色の紅だな。貴様の色白の肌に似合いそうだ」
店主との話が終わったらしい信長様がいつの間にか後ろに立っていて、私の肩越しに手の内の紅を覗き込む。
耳の傍で聞こえた低めの声に、トクっと鼓動が跳ねた。
「気に入ったのなら買ってやろう」
「い、いえ…見るだけで結構です」
慌てて手にしていた紅を元の棚に戻す私を、信長様は怪訝そうに見る。
「…何故だ?気に入ったから手に取って見ていたのだろう?遠慮せずともよい」
「い、いえ、いいんです、ちょっと目についただけで欲しかったわけじゃないですから…それに、この色は私には…」
最後の方は、自分の自信の無さが現れて、小さな声になってしまった。
肝心なところで消極的になってしまう自分が情けなかった。
「…………?」
「そ、それよりも信長様、少し休憩しませんか?私、甘い物が食べたいです!」
気不味い雰囲気を打ち消したくて何気なく言った一言だったが、信長様はニヤッと意地悪そうに笑う。
「色気より食い気か?まぁ、よい。俺も少し喉が渇いたところだ。茶屋でゆっくりするか」
「はいっ!」
ちょうど近くにあった茶屋に入り、信長様がお茶と季節の甘味を注文してくれる。
「疲れたか?」
「いえ、色々なお店を見られて楽しいです。それにしても信長様はすごいですね。新しくできたお店もどこも活気があって城下は益々賑やかになっているようですし」
「人が動けば金も動く。商人達は総じて利に敏い。己に益があると思えば、新しきことにも躊躇いがない。古きことに囚われていてはいつまでも先に進めぬからな」
信長様は日ノ本の統治において特に商いを重視されており、商人達を手厚く庇護されている。
戦に勝つだけでは国を強くすることはできない。
戦をなくし、商いを盛んにすることで人々が豊かに生きられる国にすること…それが信長様の大望なのだという。
(信長様は常に、先の、そのまた先を見据えておられる。私も信長様の隣で同じものを見ていきたい…)
「どうした?ほら、待望の甘味だぞ」
運ばれてきた甘味の皿を差し出しながら、信長様は私の顔を覗き込む。
黙ってしまっていた私を疲れていると思われたのだろう、心配そうな顔だった。