第9章 風柱と那田蜘蛛山
鎹鴉がしのぶの元へ戻ってきて杏寿郎が更紗を迎えに来ると報告をしている頃、当の本人は居間に置きっぱなしとなっていた隊服と日輪刀を回収し、現在はそれらを全て身に付け、後は髪を結い上げるだけとなっていた。
髪を纏め髪紐に手を掛けようとして、フッとその手の動きが止まる。
ずっと愛用している髪紐は、出会ってすぐの頃に杏寿郎が贈ってくれた思い出の詰まった大切なものだ。
「まだ……数ヶ月しか経ってないのに、もう随分前のことのようです」
「そうだな、その頃から比べると髪が随分伸びた」
突然背後から贈り主の声が聞こえ咄嗟に振り向こうとするが、それは叶わず代わりに温もりが背中を満たし、纏めていた髪は胸の前へ流れ落ちた。
「温かい……やっと生きた心地がした」
体温を確かめるように細い首元へと顔をうずめ、背後から回された鍛えられた腕はその存在を確かめるように力が強められた。
「私は杏寿郎君にご心配をかけさせてばかりですね……申し訳ございません」
回された腕に手を添え、自身もその温かさを感じ取ろうと頬を擦り寄せる。
隊服越しであっても、杏寿郎の体温が上がっているからか僅かな時間頬を当てているだけでも温もりが伝わってきた。