第18章 心が痛むか、体が痛むか
「いい人よ。有名人だし。」
母はどこか上の空だった。
「……どんなにいい人でも、私は現段階で実弥と付き合ってるの。彼にも失礼だし何より私が嫌よ。」
反発する意見を言ってしまって、また発狂するのではと恐る恐る様子を伺う。だが、母は穏やかだった。
「そう。でも、その人がどうしてもって言うのよ。私が逆らえるわけないでしょ。私の家は代々お見合いだし、ちょうどいいかと思ったんだけど。」
「何もちょうどいいことなんてないよ……じゃあ、私からお断りするから、それでいい?」
「ダメよ。会うなら結婚して。」
……話通じてるか、これ。
「断るためになら会ってもいいわ。」
「じゃああんたから言ってくれる?」
「…お見合い勝手にセッティングしたの、そっちだよね?」
「だから?」
…なんで私がやらなきゃいけないのよ。
とりあえず、相手の電話番号だけもらっておいた。
「写真とか名前とか教えてくれないの?」
「はあ、どうせ断るならいらないでしょ?いい人だと思ったのに。」
母は嘆くように言った。
…いや、泣きたいのは私なんだけど。
「それより、お金のことなんだけど。」
このことはどうでもいいとでも言いたげに母は話題を変えてきた。
「…はいはい、なんですか。」
「氷雨家には頼みにくいし、やっぱりあんたに頼みたいのよね。」
「…いいけど、今は仕事ができない状態だからしばらくは送れないよ。」
よくこのタイミングでそれが言えたな、と思う。
でも氷雨家に被害が行くよりはいいか。
「は?なんでよ。」
「入院してたのよ。ちょっと病気して…。」
「何それ…若いんだから頑張りなさいね。」
………。
「お母さん」
「何?」
「あなた、私のお母さんだよね」
………。
「当たり前じゃない。馬鹿なの?」
………。
そうだ。
この人は、“お母さん”なんだ。
「……ごめん、お金は厳しい。お見合いもできない。とりあえず、今日はそれだけ言っておくね。」
私は麦茶を飲み干して椅子から立ち上がった。
全部本当のことだ。今の私は無茶ができる体ではない。そしてこの人は、それを理解してくれる人ではない。
だからはっきりとそう言って答えた。