第3章 今の寝言は、特別に…聞かなかった事にしてあげる
『私の知り合いに…歌う事が大好きで、努力家な人がいました』
「………」
(なんだろう…?過去形?)
『その人は、さっきも言ったとおりの努力家で、人の何倍も何十倍も練習を重ねました。
全ては、自分のステージで人を喜ばせる為。歌もダンスも完璧な物にする為です』
こんな話を、TRIGGERのメンバーにするなんて。2週間前の私は全く想像出来ていなかった。
『その人は、努力の甲斐あって 自分が望んでいた完璧を手に入れてステージに立てました』
「…アイドルの鑑だね」
天は、この話の人物と自分を重ね合わせているようで。見ず知らずの人物の成功を、自分の成功みたいに喜んでいるようだ。
『でも直ぐに、歌う事をやめました』
「!
どうして?」
『潰れたんですよ。喉が』
天は、今度は何も言わなかった。いや、言えなかった。多分、何と言って良いか言葉が見つからないのだろう。
『理由は、言わずもがな…。無計画な練習と、無謀な努力。
そうです。その人は、努力家、なんて聞こえの良い物じゃなくて…ただの無知な無鉄砲に過ぎなかったんですよ』
薄く笑う私を見て、彼は今何を思うのだろう。私を見上げ 囁くみたいに呟く。
「…その人は…、声が 出なくなったの?」
『声が出ないわけではありませんよ。話したり、歌ったり、日常生活の上では なんら問題ない。
ただ、もう歌手としてはやっていけないと 医者に告げられたそうです。
継続して大きな声が出せない。ふとした瞬間に言葉が詰まる。圧倒的に伸びない。
まぁ、歌手としては致命的ですよね』
こんな話、自分の正体を明かすヒント以外の何ものでもない。
でも私は、自分の正体がバレるよりも。天が自分と同じ道を辿ってしまう方が、耐えられなかったのだ。
彼を止める方法は、これしか思い付かなかったのだ。