第3章 今の寝言は、特別に…聞かなかった事にしてあげる
天は、あの歳で本当によく頑張っていると思う。
でも多分、こんな言い方は彼に失礼だ。
だって、天にとっては当たり前の事を当たり前にやっているだけだから。ファンに夢を見せる為に、完璧に自分を仕上げているのだ。
まるで、昔の自分を見ているようで…胸が苦しかった。
『…今日は練習も禁止だと、伝えたはずですけど』
「ボクの時間はボクの物だって、言ったはずだけど」
翌日、やはり彼はレッスンフロアにいた。よくもまぁこんな朝も早くから…。
私を無視して、アカペラでゆっくりと歌を口ずさみながら体を動かし始める。
『………』
その声は掠れて、足に巻かれたテーピングは痛々しい。
いくら本人が、自分は子供じゃないと言い張っても。彼の体は発達途中の未発達だ。
20代の楽や龍之介に比べると、天の体はまだ出来上がっていない。
無理に動かせば、壊れてしまうし。喉だって酷使すれば潰れるだろう。
『…九条さん』
「だから、止めても無駄だってば」
『分かっていますよ。もう止めません。ただ…休憩がてら、私の話を少し聞いてくれませんか』
そう言うと、天はしぶしぶだが 休憩用のパイプ椅子に座ってくれた。
私は天に、持参した水筒を渡す。
『これ、良かったら』
「…ありが 、くさっ!!ちょっと、これ何!?凄く臭うんだけど!」
『大根おろしです。この蜂蜜をかけて食べて下さい。喉に良いですよ』
「……なら最初からそう言ってよね。普通スポーツドリンクとかだと思うでしょ」
『わざとです』
「だろうね」
天は 水筒に付属されたカップに大根おろしを出して、蜂蜜をかけてからスプーンですくって口元へ運ぶ。
「…美味しい」
まるで、心から滲み出たような言葉を聞けて 心底満足だ。
私は壁ミラーに背中を預けて、立ったまま話を始める。