第89章 もうひとつの家族
「いやぁ、水琴ちゃんが来てから華が増えたな」
「何言ってるんですか、酔っ払うのは早いですよ」
「ほんとほんと。息子の嫁に欲しいくらいだ」
「息子さんにはもっといい人が見つかると思いますよ」
顔なじみになるにつれ増えてきた軽口の応酬も楽しいやり取りのひとつだった。
あまり今まで接点のなかったフーシャ村の人々だが、こうして話すとその人柄の良さがよく分かる。
さすがルフィが生まれ育った村だ。
「だけど水琴ちゃん大丈夫なのかい?森に住んでるんだろ」
「あそこは獣も山賊も出るだろう。危ないんじゃないか?」
山賊、という単語にぎくりとしながらも大丈夫ですよと笑う。
一応以前山賊の被害にあった村人の心情も鑑みて、水琴が山賊見習いだということは隠してある。
もちろん元海賊だという話もしていない。
騙しているようで気が引けるが、マキノの店によからぬ評判をつけてしまう訳にもいかない。
私は気にしないわよとマキノは笑っていたものの、念には念をだ。
この村の人達はいい人ばかりだが、山賊や海賊が世間ではどう思われているかはよく分かっている。
せめて素性を話すのは信頼を積み重ねてから、と水琴は思っていた。
「まぁ困ってたら言いなよ。村長も水琴ちゃんが移り住むなら歓迎だろうさ」
客の言葉を礼で流し、店先の掃除をしに外へ出る。
ようやく忙しい時間も過ぎ、しばらくはのんびりと過ごせると水琴は大きく伸びをした。
「ごめんね、毎日手伝ってもらっちゃって」
「全然。忙しいと気が紛れるし、これはこれで楽しいしね」
お茶にしましょう、と片付け終わった水琴をマキノが誘う。
カウンターには湯気を立てたカップが二つとマキノお手製のクッキーが皿に盛られていた。
「今日は紅茶の葉を混ぜてみたの」
「紅茶クッキー?美味しそう!」
一つ手に取り口に運べばさくさくとした軽い歯ごたえと茶葉の風味が香る。
これならばいくらでも食べられる。美味しいコーヒーを飲みながらつかの間の語らいを楽しむ。
エースたちと過ごせないのは寂しいが、これはこれで楽しい。と水琴は新たな日常をクッキーと共に噛みしめるのだった。