第50章 存在の定義
「__ほらな。折れねェ」
直撃を受け、ボロボロになりながらも真っ直ぐに立つルフィの手の中で、旗は堂々と翻る。
その様子をチョッパーは言葉もなく見上げていた。
「これが一体どこの誰の海賊旗かは知らねェけどな。これは”命を誓う”旗だから、冗談で立ってる訳じゃねェんだぞ」
見た目は傷だらけで、満身創痍の麦わら男は、だが瞳だけは強く輝いている。
「お前なんかがへらへら笑ってへし折っていい旗じゃないんだ!!」
ぞくり、とチョッパーは震えた。
寒さを感じた訳でも、恐怖を感じた訳でもない。
ただ、心の奥底が熱く震えた。
__海賊?
いつか、実験の合間に世間話に興じた暖かい部屋で。
ドクターはそうさ!とあの麦わら男と同じく輝く瞳でそう言った。
__海にはそういう奴らがごまんといる。お前はいつか海へ出ろよ!
あの時は、ドクターと離れることなんて考えられなかったから、そんなもんかと流し忘れてしまっていた。
「これが……海賊……」
すげぇ、と人知れず零したチョッパーにおいトナカイ!とルフィが声を掛ける。
「おれは今からこいつらぶっ飛ばすけど、お前はどうする?」
「”おれは”……?」
おれは。
おれは、どうしたい……?
ドクターは、人を恨むなと言った。
恨みや怒りなど、負の感情は巡れば巡るほど人の手を離れ悪しきものとして暴走する。
恨むのは罪であり、それに囚われた人ではない。
……それでも。
どこの誰のものか分からない、見ず知らずの相手が立てた海賊旗を守るために身体を張り、心の底から怒ってくれたルフィを想う。
__怒りは、憎しみは、本当にいけないものなのだろうか。
恨むなと言った。
でも、じゃあ、
__本当に大切なものを傷つけられた”からこそ”生まれたこの感情を、いったいどうすればいい?