第40章 風の呼ぶ声
それは寄せ書きだった。
隊長たち、雑用仲間のクルー、ドクやナースたちなど目についた家族が次々と書いていったのか、乱雑に散らばる文章は隙間がないほどぎゅうぎゅうに押し込められている。
どのメッセージも皆温もりに溢れていて、水琴は彼らの代わりにその布をぎゅっと抱きしめた。
「会いたいなぁ」
この小屋に篭って五日。
こんなに長い間彼らと離れているのはこの世界を選んでから初めてのことだった。
賑やかなモビーディックが懐かしく感じ、郷愁に似た想いが水琴の胸を占める。
ふと、その裏。無地かと思っていたが同じように書かれたメッセージを見つけ水琴はもう一度布を開く。
そこに書かれていたのはたった一言。
『待ってる』
名前はなくても誰が書いたかは明白だった。
「エース……」
そっと文字をなぞる。言い様のない想いが込み上げてきた。
激励でも鼓舞でもない。
けれど確かな信頼を感じ、力が湧いてくるのを水琴は感じた。
窓を大きく開く。そこには当たり前だが誰もいない。
窓の遥か向こう、雪が積もる木々の先には海があり、水琴の帰る場所であるモビーディック号がその身体を休めている。
空を見上げる。どこまでも澄んだ青い空。
窓枠に足を掛け、力を込め蹴り上げた。
軽い音を立て水琴の身体が宙に浮く。
まるで重さを感じさせず、水琴は屋根へと降り立った。
暖炉の熱で乾いた屋根は雪も積もっておらず、すこぶる快適だ。
腰を下ろし寝転ぶ。
視界いっぱいに蒼穹が広がった。
緑の匂いを胸いっぱいに吸い込み、目を閉じる。
声はもう、気にしない。
それよりも先にやることがあった。