第14章 誕生
2月も末のある日。
「カカシ!カカシ!早く来て!!」
お風呂に入っていたすずらんの慌てた声に、何があったのかと駆けつける。
「すずらん!?
何!?どうしたの??」
バン!と風呂のドアを開けて浴室に入ると、湯船に浸かっていたすずらんが嬉しそうに、丸く大きくなった腹を指さしている。
「見て見て!」
とりあえず緊急事態ではないことにホッとして、改めてすずらんの腹を見る。
すると、腹がグニャリと動く。
大きくなった赤ちゃんがポコっと足で蹴ったときに少しだけ動くのは何度か見たが、こんなに動くのを見るのは初めてで、ビックリしてしまう。
「すごいね…」
「ふふ、うん。お風呂に入るの気持ちいいのかなぁ。
よく動くんだ」
そおっと腹に触れると、そこをポコっと足らしきものが蹴った。
「お。蹴った」
「父様だよー」
すずらんが嬉しそうに赤ちゃんに囁く。
すると返事をするようにポコっとまた別の場所が動く。
「はは。今度は返事した」
「うん!ちゃんと聞こえてるんだね。
もうすぐ会えるの、楽しみだね」
「ね」
穏やかな日々が続いていた。
涼しくなる頃にはすずらんの体調も落ち着いて、でも今は、大きなお腹で歩くのも大変そうだ。
当のすずらんは平気な顔で走ったりしているから、こっちがヤキモキしてしまう。
赤ん坊はもう少し暖かくなる頃に生まれてくるそうだ。
すずらんは、先輩お母さんの紅に出産の時の話を聞いたりして、出産の準備を少しづつ進めていた。
幸せそうに小さな服やタオルなどを用意しているすずらんを見ると、ついこちらまで頰が緩む。
風呂場を出ると、家の電話がなる。
出るとすずらんの実家からだった。
シマさんが風邪でしばらく来れなくて、代わりの人が来てくれる、という電話だった。
風呂から上がったすずらんに電話のことを話す。
「シマ、大丈夫かなぁ。
この機会にゆっくりしてほしいな…。
てか、お父様も心配しすぎ!
出産までまだしばらくあるし、わたしは大丈夫なのに…」
「可愛い娘が心配なんだよ。
それにオレも心配だし、ありがたいよ。
あと少し、重い体で大変だけど、頑張って」
「うん」
この時のオレたちは、まさかあんなことが起こるなんて想像もしていなかった。