第8章 別れ、そして…
すずらんからお母さんが亡くなっていることは聞いていたが、今この話とどう関係があるのかわからず、イッシンの言葉を待つ。
「人は遅かれ早かれ、いつか死ぬ。
殺されなくても、明日病気になるかもしれない」
ドサっと、イッシンが畳の上に胡座をかく。
遠くを見る目は優しげに細められる。
「ワシが妻といた時間は、他の人より短かったかもしれない。
それにもちろん寂しいと思う時もある。
だが、ワシは妻と一緒になったことを後悔したことはない。
子宝や、思い出を残してくれたこと、今でも感謝している」
イッシンはすごく穏やかな顔でオレを見る。
「すずらんを想って別れてくれたこと、感謝する。
だが、もしまだすずらんを思う気持ちがあるなら、もう一度やりなおしてほしい。
まだすずらんは、火影殿のことが好きで好きで仕方がないらしい。
あれが剣道を始めたのも、大方強くなったら、火影殿に悲しい思いをさせずに済むとでも思うたのだろう。
あんな付け焼き刃で強くなれるはずもないのにな……」
イッシンが苦笑する。
オレはジンと目頭が熱くなり、俯く。
「本当にオレなんかで、いいんでしょうか……」
「火影殿の側にいることが、すずらんの幸せだ。
どうか側で守ってやってほしい」
「…っ、はい……。
絶対に生涯かけて守り通します…」
膝に置いていた拳をギュッと握る。
「うむ。
親がうるさく口を挟んで悪かった。
あとは2人で話しなさい。
稽古もちょうど終わる頃合いだろう」
笑顔を残し、イッシンが去って行く。