第8章 別れ、そして…
すずらんの退院の前日、オレは病院を訪れていた。
すずらんはモリモリ食べ、見張るべきスピードで回復していった。
少しだけなら外に出てもいいとお医者さんに許可をもらい、病院の屋上に温かい時間を狙って車椅子で行く。
外はまだ汗ばむくらいの陽気で、でも久しぶりに太陽を浴びるすずらんは、気持ちよさそうに目を細めた。
「ふぁー、久しぶりの太陽、気持ちいい」
すずらんがグーっと腕を伸ばして、伸びをする。
腕の傷はまだ包帯が取れていないが、点滴は抜かれ、他の傷もほぼ癒えていた。
「すずらん、あのね、話したいことがある」
オレは、すずらんが入院してからずっと考えていたことを口にする。
「何?」と呑気に振り向くすずらん。
この子を、もう危険な目に合わせたくない……。
「すずらん、別れよ」
「え……?」
すずらんの目が大きく見開かれる。
「ゴメン。他に好きな子、できたんだ……」
いい人で別れるつもりはなかった。
最低なやつになって、せめてすずらんが引きずらないで次の恋にいけるように。
「だから…、サヨナラだ」
逸らしていた目をすずらんに向けると、ガラス玉みたいな綺麗な目から、大粒の涙がこぼれた。
思わず指で拭いそうになったが、出しかけた手をぎゅっと握って耐える。
屋上を出て行こうとしたとき、すずらんの体が大きく前に傾いた。
とっさにすずらんを抱きとめる。
「すずらん!?大丈夫??」
青い顔で気を失ってしまったすずらんを病室に運び、急いで先生を呼ぶ。
「ま、外に急に出たから、軽い貧血です。
大丈夫ですよ」
診察を終えた先生がにこりと笑う。
「そうですか」
よかった。
ホッとして、椅子にへたり込む。
「まあ、一応入院を1日伸ばして様子をみましょう」
そう言って部屋を出て行こうとする先生を呼び止める。
「あの、わたしは明日からは来れないんで、入院が伸びた件、ご家族に連絡してもらっていいですか?」
先生は一瞬不思議そうな顔をしたが、分かりました、と頷き、出ていった。
すずらんに向き直ると、その目にはまだ涙が残っていた。
それを指でそっと拭う。
ゴメンな。元気で……。
心の中で呟くいて、オレも部屋をあとにした。