第40章 ~槍木祐次郎の場合~
相手は警察官ではなく、薄れたワイシャツ姿を着た児童相談所を名乗る職員だった。
その日以来、母の姿はみていない。
逆に、まともに顔を合わせていなかった父が目の前に座っていた。
「………」
「………」
父は喋らない人だ。
会社では会話をしているかもしれないが、家で口を開いている姿はほとんど見たことがない。
他人ではなく、血の繋がった自分の父親だと自覚しているが、重い空気が流れていた。
「祐次郎くんをひとまずうちで一時保護致します。それで宜しいですね?」
「……お願いします」
「それではこちらの規約についてご説明させていただきます。まず、お子さんが暮らしていく上での規律になりますが…──」
職員の人には近くに両親以外に頼れる身寄りがなく、今後の話し合いや、家の中が片付くまで、一時的にここの児童相談所で生活する旨を説明された。
父と同様に異論はなかった。
あの精神状態の母と一緒に居続けるのは母がつらいと思ったからだ。
「説明は以上になりますが、お二人でなにかお話されますか?」
「……いえ。祐次郎」
「?」
「母さんのこと……好きか?」
父の言葉の意味が何となく理解できた。
好きか嫌いかといえば好きだと答える。
たった一人の自分の母親。
酷いことされても、一度も嫌いだなんて思ったことはない。
だけど、この先のことを考えたとき、一緒に居られないと直感した。
母の涙を見てきた。
母の叫びを知っている。
優しかった母はもう限界で、壊れてしまった。
「大丈夫だよ。父さん」
「………そうか」
父に任せてしまうけど自分じゃどうしようもできない。
母と離れ離れになっても大丈夫。
父は、職員に一礼して部屋を出ていき、僕は新しい居場所となる四人部屋へと案内された。