第28章 【大切なもの】
その声を受け入れたその時、突然左手首が焼き鏝をあてられた様に痛み出した。
痛い、痛い、痛い、痛い。この痛みには何者も抗えない。抗えるとしたらそれは――
「これは私とお前を繋ぐ大切な印だ――」
「お嬢様との楽しかった日々を忘れません――」
――それは、大切な者との絆だ!
ハッと、クリスは目を覚ました。いつの間に眠ってしまっていたのだろう。
真っ暗な部屋の中で、クリスはさっき夢に見た左手首の痣を確認しようとした。が、そこにはダンブルドアが作らせた銀の腕輪がはめられているのを思い出した。
マクゴナガル先生は、この腕輪は「闇の印」の呪いと魔力を封じていると言っていた。
確かにヴォルデモートに刻みつけられたならこれは「呪い」以外の何物でもないだろう。だが同時に、これは父様との秘密の「約束」でもあった。
あの甘美なる思い出まで封じられていると思うと、ズキンと胸が痛んだ。
試しに外そうとしてみたが、痛いだけで腕輪は外れそうにない。流石はゴブリン製の特注品だ。
クリスは再びベッドに身を投げ出し、天井を眺めた。
「……父様、チャンドラー」
懐かしいあのサンクチュアリの屋敷での日々。
父は仕事でしょっちゅう家を空けていたが、代わりにチャンドラーがいてくれた。
あの美味しい食事、住み慣れた部屋、家紋の刻まれた調度品。その何もかもが懐かしく、思い出すだけで涙が出そうになる。
それを奪ったのは他の誰でもない、ヴォルデモートだ。
そうだ、自分はいったい何を悩んでいたんだろう。
迷う必要はもうない、後ろめたく思う必要はもうない。
私の名前はクリス・グレイン。
グレインの姓あってこその私。例え血が繋がっていなかろうと、父と呼ぶのはクラウス・グレインただ一人で、ヴォルデモートなど、仇以外の何者でもない。
やっと気づいた。何が大切で、何が必要か。クリスは固く握りしめた拳を、天井に向かって突き出した。
「待っていろヴォルデモート。いつか必ず、お前の息の根を止めてやるっ!」