第17章 この指とまれ
星乃に心許なさを感じているのではない。ただ、発現すれば短命を余儀なくされる痣。星乃の助けを借り成し遂げるそれはあまりに皮肉なものである気がした。
稽古に参加させないと決めたのは、せめてもの、実弥なりの星乃への気遣いだ。
星乃はそれ以上食い下がるのをやめた。
頑な態度を見せる実弥の想いは既にあるべき場所にある。なにを言っても動かすことはできないだろう。
そう納得することで譲歩する。
「星乃」
名前を呼ぶ実弥の声は、相変わらず優しい音をしていた。
「俺は、お前とこうしているだけで、気が落ち着く」
実弥は、頭上に広がる群青を星乃と同じ眼差しで眺める。
「お前が嬉しそうにわらうたび、ここが、あったけェ」
トン、トンと、胸もとを指す親指。ほろ苦く、柔らかな時間がなびいた。
チリン···。風鈴が再び隙間を埋めるように唄い出す。
「鬼狩り以外をくれてやるだなんて随分と大層なことを言っちまったが、実際、お前のそれを貰ってんのは、俺のほうだ」
リン···チリン。
音に合わせて、星乃は頭をふるふると左右に揺らした。
「私は、実弥の傍にいられることが、なにより、幸せなの」
「俺も変わらねェ。だから、お前はお前のままここに居てくれりゃあ、それで十分だ」
星乃は、星乃のままで。
実弥は、実弥のままで。
星乃も実弥も、そんな互いを必要としている。
互いでないと、駄目なのだと。
『幸福を決めるのは、どんなときでも己の心』
実弥の言葉が星乃の胸を今一度震わせる。
この先なにがあろうとも、こうして二人で過ごす時間が色褪せることは決してないから。
今確かなこの瞬間を、
互いの心に深く刻んで────。
「···ほら、皿に残ってるやつとっとと食っちまえよ」
耳殻を薄桃色に染めた実弥がちらりとパンケーキに顎を指す。皿の上には餡の乗ったパンケーキが一口大ほど残っていた。
星乃がパンケーキをのみ下す頃、あー···、と唸った実弥が視線を庭に泳がせ言った。
「···ならよ、ひとつ頼まれてくんねぇか」
「?」