第8章 激動のパンフェスティバル
ローが客に注文済みの商品を直接尋ねたのは、ムギが待たせ続けていた数組だけだった。
それ以降は誰がなにを頼んだのかをきちんと覚え、できあがったパンをミスなく客に渡していく。
ローの出現にサンジが気づかないわけもなく、新たなパンをテーブルに置いたタイミングで、ぼそりと呟いた。
「お前、ムギちゃんを追いかけてきたのかよ。怖すぎだろ。」
あ、よかった。
怖いと思っていたのはムギだけじゃなかった。
助けてくれてはいるけれど、不機嫌を具現化したような冷たいオーラが怖い。
フェスが終わったら絶対にされるであろう説教が怖い。
なにより、軽井沢まで追いかけてくる行動力が怖い。
「いくら心配だからって、普通ここまでくるか?」
「なにが普通かなんて知ったこっちゃねェよ。俺は俺がしたいようにしただけだ。」
「はん、男の嫉妬は醜いな。しつこくしすぎてムギちゃんにフラれちまえよ。」
押しかけてきたローもローだけど、サンジの言い草もひどい。
助けてもらっているのにそんな言い方……とか思ってしまうのは、結局はムギがローに惚れているから。
ちくちく刺さる不快感を覚えるムギとは対照的に、ローはいたって涼しい顔で顎をしゃくった。
「その言葉、あいつにもそのまま言ってやれよ。どこかの誰かを追いかけてきたみてェだからな。」
「あいつ……?」
ローが示す方へサンジの視線が、ついでにムギの視線も移動した。
視線の先には、チョコレート色の髪をした美女が。
「プリンちゃーーん! え、なに? どうしたの?」
ムギよりも早く反応したのは、もちろんサンジ。
今にもテントから飛び出していきそうなサンジを、プリンが強く睨んで拒絶する。
「どうしたもこうしたも、パンを食べにきたのよ! 別に、あんたに会いに来たんじゃないんだからねッ!」
見事な、絵に描いたようなツンデレだ。
ローにも若干のツンデレ属性があるが、ここまで酷くはない。
いや、デレ部分がないからツンギレである。
「わかってるって、ムギちゃんに会いに来たんだろ? 心配して追いかけてくるとは、なんて美しい友情なんだ!」
男女の違いがあるとはいえ、さっきと言っていることが真逆である。