第5章 契約と思惑
今日の授業も全て終わり、コーヒーを飲もうとキッチンに向かえば、キッチンの出入り口で葵とシェリーが立っていた。
「そんなとこで何してんの。じゃまなんだけど」
2人の後ろから声をかけると彼女たちの肩がピクリと跳ねた。
「天月さん」
「天月」
「……は?」
なかなか入らない2人を交互に見ながらキッチンに入ろうと足を踏み出すと、シェリーが天月の入室を止める。
「だめよ天月今はまずいは」
「……っ」
「今フェン様が修羅場なのよ」
「修羅場?」
そっとキッチンの中を覗く。
「……また一緒に出かけようって言ってくださったのに」
「う〜ん」
詰め寄る女子生徒を前に、フェンは曖昧に笑っている。
「フェン様は私と….約束してくれましたよね……ううっっ」
女子生徒は手で顔を覆い泣き始める。
どうするのかと見ていると。
「たしかにしたね。でも、いつ。とは約束してなかったよね」
約束はしたがいつかは決めていない。だから出かけなかった。彼の方が一枚上手だ。おそらく彼は、女の子に優しくしたり、デートに行くことはただのお遊びだとしか思っていないのだろう。
「じゃあ今度はちゃんと、いつって決めて約束をして!」
「困ったね。傷つけたくなかったのに……そうもいかないみたいだ」
その低い声にフェンを見た。
女の子を見る眼差しが変わり、纏う空気も数秒前とは違う。聞き分けがないとでも言いたげな視線は、冷たく彼女を見下ろしていた。
「わからないかな……
いつって約束しなかったのはわざとだったんだよ」
天月の横でそれを見ていた葵は、ひどい。と言いたげだ。天月はやれやれと首を振り立ち去るために背を向けた。
「じゃあ先帰るから。立ち聞きなんてやめなよ」
あの子も可愛そうに、フェンに好意があるのか憧れか。
不意にあの夜の葵の言葉が蘇り、苦々しく歯を噛みしめる。
「天月さんにはいないの、信じたい人、信じれる人守りたいものが……」
あの時ないと言った。
それはあくまでこの世界の話で、嘘でもあり本当でもある。ここで信じれるものなどない。
「………?」
ふと誰かからの視線を感じて振り向くと、じっとこちらを見つめていた学院長と目が合う。