第5章 契約と思惑
彼の言う通り私には身に覚えがあった。
(あの時ガイさんも手にキスをさせようとしてた……)
「てことだから、はい。好きなところにどうぞ♪」俺はどこでも大歓迎だよ」
両手を広げてフェンさんは、おどけたように一歩だけ離れる。
誰かに代わってほしいなら自ら飛び込んでこい。やめるなら今だ。と、再度通告されているようでとまどう。
(悔しいけど、他の人に引き継ぐと言ったのは私だ……これが必要なことなら……)
「手……出してもらえませんか」
「手?」
ツイと藤紫のネイルの塗られた綺麗な右手が差し出される。
(別にこれぐらいどうってこと…………っ)
その手に唇を近づけようとしたその瞬間---
「冗談」
「あ---っ……!」
急に頭を掴み寄せられ、フェンさんの顔が近づく。
さらりと落ちてきた彼の前髪と私の前髪が重なり混ざりあった。睫毛さえも見える距離、彼の透き通る瞳に吸い込まれそうになる。
「これが記念すべき、ベビちゃんと俺と始まりのキスだよ……」
「っ……!」
艶のある甘い声が近づき、吐息が唇に重なると柔らかく触れ合う。
「……ん……」
「……っ……」
フェンさんの身体を覆うように魔力のオーラが揺らめきだす。
逃げようとしても追いかけられ、奥を絡められるたびに痺れていくようなはじめての感覚。
(や……これ、何……?)
足元がふらつく。
それでもフェンさんは覆いかぶさるようにキスを深めた。
「すごいな……」
「っは……」
「これ、どれだけ増えるんだろうね……」
「……っ、ん……」
角度を変え求められる。
思考を奪われ、ぼーっとするほど強引なのに、舌先でくすぐる動きは繊細だ。
(契約のキスのはずなのに……)
「あっ」
信じられないぐらい敏感に反応してしまいはっとした。
「やっ……!」
「………良すぎたかな」
唇が離れ、フェンさんは満足そうに微笑む。
「す、好きなところでいいって言ったのに!」
「ふふ。また信じたの? 俺の言うことは信じちゃだめでしょ?」
「なに、しれっと開き直って……)
「それにしても……うん。キスは悪くない。次は天月ちゃんかな……逃さないようにしなくちゃね♪」
(こ、この人、天月さんにもキスするつもり?私天月さんに殺されるかも)
私は密かに息を飲んだ。