第9章 現世編(後編)
握菱は直ぐに戻って来た。その手には綺麗に畳まれた外套の上に、見た事の無い長方形の筒状金属にひよこの頭が付いた言わば少し大きめのライターの様なものが乗せられている。ゆうりはそれを手に取り首を傾げた。
「…なにこれ?」
「記換神機と言います。虚に襲われた記憶を強制的に差し替える道具っス。念の為持って行って下さい。使い方は、対象者の目の前でひよこの下に付いてるボタンを押すだけです。」
「…もしも一護が虚やルキアの姿を見ていたらこれで消せば良いって事ね。」
「いいえ、黒崎一護サンではなくその家族っス!霊が見えるのは、彼だけでは有りませんから。」
「なるほどね、分かった。それじゃあ行ってきます。」
「ゆうりサン、あまり死神の事情に干渉してはいけませんよ。」
今度こそ義魂丸を飲み込み、義骸を脱ぐと同時に外套に身を包む。真っ黒なフードを頭に被り、死神の姿で夜の空座町へと飛び出した。浦原は彼女が店を飛び出して行くと視線を床に落とし黙り込む。
「…店長、どうなさる気ですかな?」
「……予定通り、朽木サンの義骸を用意しますよ。」
帽子を深く被り直した浦原は無表情で答えると、己の研究部屋へと向かった。
ゆうりは急ぎ彼女の元へ向かう。普通に道を走るよりも圧倒的に近道が出来る、家の屋根を猫のように静かに駆けた。霊圧が消えてしまう前に、間に合いますように…!そう強く祈り呼吸を荒く刻む。漸く一護の家が見えて来た。まだルキアの霊圧は感じられる。その時だった。彼の家から眩い光が辺りを照らし視界を奪われ一つ手前の屋根上で足を止める。
「何…!?」
視界を眩ませる程強い光の中でルキアの霊圧が完全に無くなっていく。代わりに一護と思われる霊圧が爆発的に跳ね上がった。肌をビリビリと震わせる力強い霊圧にゆうりは目を見開く。そして光が収まった頃、そこに立っていたのは死覇装に身を包んだ一護と片腕を切り落とされ太い悲鳴を上げる虚の姿だった。
「まさか…死神の力を譲渡したの…?」
「…バカな…半分のつもりが……全ての力を奪い取られてしまった…。」
死神としての力を失ったルキアは真っ白な着物に身を包み絶句する。その独り言だけでは一体何があってこんな事になったのか分からなかった。