第21章 約束
……果たされなかった約束。
あの日のことを思い出していると、樫の木はもう目の前だ。もう少しであのとき刻まれた自分の名前が見えてくるだろう。
壁外調査で命を落としたマリウスとの約束。
この場所で… 刻んだ名前の前で、マリウスが伝えたかったことは。
永遠に知ることはないと思っていたのに、思いがけない形で知ることとなる。
マリウスの残した手紙。
……知らなかった。マリウスの昔からの変わらぬ想い。
ずきんと胸の痛みを感じたそのとき、上空から耳馴染みのある音が聞こえてきた。
「ピー ヒョロロロロ…」
顔を上げたマヤの視線の先には、一羽の鳶(とび)が空の青をバックにゆっくりと弧を描いて飛んでいる。
「……久しぶりね」
鳶の舞う姿に目を細めるマヤの声が届いたのか、鳶は降下してきた。
それを見てマヤは、両手で抱えていたパン屋の紙袋を左手に持ち替えると、右手をまっすぐに伸ばした。
「ねぇ、今日の風はどう? 気持ちいい?」
「ピィゥー ピー ヒョロロロロ…」
まるで返事をするかのように鳴きながら、鳶はもう樫の木の真上まで下りてきていた。
このまま樫の木に羽を休めるとマヤが確信した瞬間に、鳶は旋回下降をやめた。その大きな翼をばっさばさと羽ばたかせ、ピーッ!と甲高く鳴いている。
「どうしたの!?」
鳶の急な警告に驚くマヤ。
羽ばたきながら滞空し、鳶はピーッ! ピーッ!と鳴きつづけている。
ただならぬ雰囲気。きっと樫の木に何か異変があるに違いない。
これはもう自分が樫の木に登って何があるかを確かめないといけないとマヤが覚悟を決めて、一歩踏み出したそのとき。
……トン!
突然目の前に、何かが降ってきた。
マヤはその正体に息が止まるほど驚いた。
「……兵長!?」