第29章 カモミールの庭で
「あぁ、それはね…」
ルチアは嬉しそうな顔をして、カウンター内に立つジョージを見た。
「……話していいかしら?」
「勝手にしろ」
なぜか顔を赤くして、洗って干してあったティーカップを布巾で磨き始めた。
「お父さんはね、結婚する前にこう言ったの。“ルチアのパウンドケーキが好きだ。俺の店のために毎日焼いてくれ” ってね」
「それってプロポーズ?」
「ふふ、そうね。だからうちのお店はスコーンも置くけど、パウンドケーキの方が大切なメニューなのよ」
「知らなかった!」
初めて聞いた両親の結婚秘話。
マヤは両手を胸の前で組み、きらきらと目を輝かせている。
「兵長、母がスコーンを毎日焼かない理由がわかりました。まさかのプロポーズのお話まで聞けちゃった」
「いい話だったな」
「はい!」
きゃっきゃと喜んでいるマヤを見つめるリヴァイのまなざしが優しいことに、ジョージもルチアも気づいた。
「……何も心配は要らないみたいよ」
「……そうだな」
そうささやき合った二人は、愛娘の幸せを確信して微笑んだ。
ジョージは思う。
……マヤが男を連れてきたと聞いて、どこの馬の骨が! と腹が立った。会ってみれば10も上の男で騙されてるに違いないと心配だった。だが…、いい男じゃないか。大体あれだな、紅茶狂いの男に悪いやつなんかいない!
ルチアも思う。
……兵士長がマヤを見守る目は、ジョージが私を見る目と同じだわ。初めてジョージと出逢ったあの日から、今も変わらない。優しくて、いつも私を支えてくれる。信じてくれる。力強く求めてくれる… そんな目。兵士長があの目でマヤを見つめている限り、なんの心配もないわ。マヤは必ず幸せになれる。