第29章 カモミールの庭で
「ザックの家の番地は…?」
メトラッハ村を歩きながらリヴァイが訊く。
マヤはアーチボルドから託されたメモを見る。
「……番地はないみたいです。住所はメトラッハ村としか…」
「そうか。ヘンリーの住所は通りの名が記してあったがな」
「テレーズは小さいといっても街ですしね。通りが何本かありましたよね。この村には通りなんてものはなさそうです」
今リヴァイとマヤの視界に広がっている景色は、のどかな田舎の村そのもので、素朴な造りの家がぽつんぽつんと点在している。
「番地も通りもないなら、一軒一軒訊いてまわるしかねぇか…」
ため息まじりのリヴァイだったが、マヤの明るい声に驚く。
「大丈夫ですよ、ザックの家は金物屋さんです。金物屋さんを捜したらいいんです」
「……金物屋?」
「はい、掃除用品を売っている金物屋さんです」
綺麗好きのリヴァイだから掃除道具の話をしたら喜ぶのではないかという思いをこめて、マヤはにっこりと笑った。
「そうか…。金物屋を捜すぞ」
村には店が数えるほどしかなく、金物屋はすぐに見つかった。
「あっ、ここです! グレゴリー金物店…。閉まってますね」
小さな店は雨戸も閉めてあり、完全に人の気配がなかった。
本当にここなのかと心配になるが、看板に “グレゴリー金物店” とあるので間違いない。
「一階が店で二階が住居みてぇだな…」
二階部分を見上げてリヴァイがつぶやく。
「今日は定休日で、ご家族でどこかにお出かけなのかも。帰ってこられるまで待つしかないですね」
「……そうだな」
いつ帰ってくるかなんてわからねぇ、これは長丁場になりそうだとリヴァイが思ったとき、金物屋の隣に建つ店から人が出てきた。
「あんたら、グレゴリーさんのところに用かい?」
隣の店は洋品店らしく、出てきた女性は手縫いのエプロンにアップリケをしている。
「はい、そうです。何時ごろお帰りになるかご存知ですか?」
にこやかに返事をするマヤを、一瞬変な目で見てから女性は答えた。
「お帰りも何も、ここにはいないけど?」
「えっ!?」
「おや、知らないのかい? 旦那さんが亡くなって、奥さんと娘さんは慌ただしく出ていったよ」