第28章 たちこめる霧に包まれたひとつの星
「え~、そうなのかい? いやでも雑用は間に合ってる、モブリットがいるからね。マヤにはぜひ、今回の薬を飲んでもらいたいんだ。今この兵団の中で新薬の治験にうってつけの人物はマヤ、君しかいない!」
びしっとマヤを指さして言いきったハンジ。
「……私がうってつけ… ですか? ハンジさん、その新薬は一体どういう薬なの…?」
「……そうだね…」
ハンジは少し考えてから、言葉を選びながら答える。
「マヤのようなまだ恋に慣れていない初心者でも、自分の気持ちに素直になれる魔法のような薬ってところかな?」
「自分の気持ちに素直になれる…?」
「うん。リヴァイとつきあうことになったといっても、特に以前と変わらないんじゃないか? 好きと言ったかい? デートは? 手をつないだ? 抱きついたかい?」
「まさか…!」
そんなことはとんでもないとばかりに、ぶんぶんと首を左右に振って否定するマヤ。
「だろ? 奥手なマヤは自分からリヴァイに何も言えない何もできない。そういうのを手助けするのが私が今開発しているアフロディーテさ!」
「アフロディーテ? 馬の名前みたいですね…?」
「あぁ、かもね。兵団の馬を供給している牧場主の好みだろうね。私の馬はプロメテウス、先見の明を持つ者だ。マヤの馬は…、なんだっけ?」
「アルテミスです」
「そうだった! アルテミスは月光に輝く美しき処女の狩人。本当にあの牧場主はロマンチストだ」
「牧場主を知っているんですか?」
「一度行ったことがあるんだ。壁外調査には欠くことのできないのが馬だ。もともと改良されているが、さらに改良の余地はあるかどうか知りたくてね。そのときに言っていたよ、なんでも古代神話の物語が好きで、命名に大きな影響を受けているとね」
……古代神話の物語。
遥かいにしえの創世の物語。代々語り継がれてきたその伝説は真実なのかおとぎ話なのか、それは誰にもわからないが人々に愛されている物語。
……アフロディーテは確か…。
その答えはハンジが教えてくれた。
「アフロディーテは愛と美の女神、あの牧場主なら必ず馬の名に使っているだろうね。私が知っている馬にアフロディーテはいないが。まぁ今いる馬全部の名を知っている訳ではないし」