第28章 たちこめる霧に包まれたひとつの星
「あ…」
食堂から部屋に帰る前に目についた、中庭のベンチ。
何とはなしに気になって、自然と足が動いて中庭におりる。
まるでマヤが来るのを待っていたかのようにベンチの座り心地が良い。
……もう夜がじきに始まる。明日は壁外調査なんだし、兵長に逢いたかったなぁ…。
ナナバが先に風呂を上がったあと、入れ替わりにやってきたニファから質問攻めにされた。
だがいくらリヴァイ兵長との進展具合を訊かれたところで、特に話すこともなく。
つきあうようになってからも何も変わらず、執務の手伝いと夕食をともにとることが日々の二人のルーティンのようなもので。
壁外調査が控えているのもあって、調整日を揃えて一緒に出かけるやら何かをするといったこともなく。
いくら熱心に質問されようが、何も面白い話はなかった。
すっかり失望したニファは、自分が購入したセイレン・ファン・ホッベルの処女作の話を始める。
リヴァイの話よりも恋愛小説の話の方が気が楽なので、マヤはにこにこと笑顔で応じていた。
ろくに聞いてくれずに去ったナナバと違って、好意的にうなずきながら耳を傾けてくれるマヤ。それが嬉しくてニファは一番に貸す相手をマヤに決めた。
上機嫌のニファはそのままマヤを夕食に誘い、二人は食堂に一番乗りしてゆっくりと…、と言いたいところだが。ニファは一刻も早く買った小説を読みたい。だから慌ただしくごはんをかきこむと “ごめん、マヤ。お先に!” と手を合わせて食堂を出ていった。
残されたマヤは母の教えにしたがってゆっくりと食材の味を噛みしめて味わう。
それでなくても壁外調査の前日のメニューは豪華なのだ。
……いつも以上に時間をかけて食べないともったいないわ。
レイの寄付金のおかげで最近は心なしか食堂のメニューが豪勢になっているとはいえ、やはり壁外調査前夜のメニューは飾りつけからして気合が入っている特別なものだ。
自由の翼になぞらえたパンチェッタ…、豚バラ肉の塩漬け。ひときれひときれ味わうと、食べ終わるころには体の内側から力と勇気が湧いてくる。
気持ちも胃も充実した時間を過ごして、自室に戻るべく食堂を出たマヤは、なにげなく眺めた中庭のベンチに妙に惹かれて、吸い寄せられるように近づいて座ったのだった。