第28章 たちこめる霧に包まれたひとつの星
こんなガキみてぇにくだらねぇ理由でイライラしている自分に、余計に愛想が尽きる。
昨日の夜は、そんな苛立ちにさいなまれていたが、今夜はどうだ。
思い返すだけで無表情だと言われつづけているこの顔がにやけてしまいそうだ。
たったひとこと、マヤのさくらんぼのような紅い愛くるしいくちびるから出た “おやすみなさい” が、こんなにも嬉しいとは。
一体どういう風の吹き回しだ?
昨日は堅苦しい部下そのままの “失礼します” だったのに。
今日は見上げてくる瞳はいつにも増して潤いに満ちて、瞬きするごとに長いまつ毛に惹きつけられる。
“おやすみなさい” の声もかすかに震えていて、そのビブラートにも似た揺れには聴く者を一瞬で虜にする想いがこめられている気がした。
それに対して俺は、想いを返せただろうか?
いつもどおりに “ゆっくり休め” と言ったものの、なんの感情もないただの低い声としてマヤの耳に響いたのではないだろうか。
リヴァイがそのような、恋をしたら誰にでも訪れる些細な不安と戦い、ちょっとした想い人の言葉や態度で天にも昇る高揚感に包まれて、感情が激しくアップダウンして忙しいそのとき。
「失礼します」
執務室の扉が丁寧にノックされて、入室してきたのはモブリット。
「……いましたか」
「……は?」
入ってくるなり何気に失礼な一言をつぶやいたモブリット。
「すみません。分隊長が今の時間は兵長はいないと言っていたので…」
「なぜ俺がいないと?」
「分隊長の言葉そのままに言いますと “リヴァイはマヤと晩ごはんを食べて、そのあとはそのままマヤの部屋に押し入るか自分の部屋に連れこむかで忙しいだろうから執務室にはいないよ!” と」
「……あ?」
もともと低いリヴァイの声が一気に不機嫌MAXにトーンダウンした。
「分隊長が言ったんです。俺じゃないです」
さすが常日頃からハンジの世話をしているだけあって、モブリットは肝が据わっている。リヴァイの不機嫌そうな低い声にも、眉間に深く刻まれた皺にも全く動じていない。
「……チッ」
しれっと目の前に立つモブリットをひと睨みして、用件を訊く。
「なんの用だ」