第27章 翔ぶ
「それでだね、蜘蛛の巣からの紆余曲折を経て新薬の開発に没頭していたんだ… たった今まで! いやぁ、充実した時間だったよ。なぁ、モブリット!?」
一応モブリットに話を振ったが、モブリットの返事を聞くまでもなくつづける。
「目処がついたら、なんだか空腹な気がして食堂に来てみればマヤとペトラに会えるなんて夢のようだ!」
「分隊長、その勢いで風呂にも入ってくださいよ」
小言を言うモブリットをじろりと睨むと、ハンジは目ざとく発見した。
「モブリット、そのスプーンで隠しているものはなんだろうね?」
マヤとペトラがモブリットの皿を見れば、サラダの人参を残している。
「いや、これはあとで…。そう、あとで食べるんですよ」
「へぇ、そうかい。じゃあ私がしっかり見ていてあげるから、ちゃんと食べるんだよ?」
「俺が人参を食べたら、風呂に入ってくださいよ?」
「それはそのときになってから考えよう」
ハンジとモブリットによる互いの苦手な風呂と人参話に聞き耳を立てながら、マヤとペトラは微笑み合った。
……やっぱり仲がいいね、ハンジさんとモブリットさんは。
……そうだね。
「ところで今日のメニューはなかなかリッチじゃないか、我が貧乏兵団としては」
むしゃむしゃと食べているハンジに、モブリットが真面目に回答する。
「それはここにいるマヤとペトラのおかげですよ」
「うん? どういう意味だい?」
名を出された二人も、モブリットの顔を凝視している。
「このあいだの公爵家の舞踏会でもらえることになっていた寄付金が届いたと、報告があったじゃないですか」
「あぁぁ、そうだったかな? 確か会議でそんなことを言っていたような…?」
「しっかりしてくださいよ、本当にあなたって人は…。今回は壁外調査ではなく、医療費や食費、備品代にあてると言っていましたよ」
「あはは、そうだったね! 思い出したよ。研究費にまわしてほしかったのに却下されたんだった」
口を尖らせているハンジ。
「そうだったんだ…。じゃあしばらくご馳走なのかな?」
ペトラが最後のチキンソテーを口に運びながらつぶやく。
「医療費に使われるんだったら、アウグスト先生も喜ぶね」
マヤは医務室にいる、白衣にサンダル履きの無精ひげの医師を思い浮かべた。