第26章 翡翠の誘惑
広間を出たところで、すぐさまレイとセバスチャンが飛んできた。
「おい、大丈夫か? セバスチャン、担架を…」
「いえ、大丈夫です。私が肩を貸したら歩けますから…。ねぇ、ペトラ?」
そんな担架なんて大げさなことになるのは、ペトラが嫌がるはずだとマヤは考えた。
ペトラも。
「レイさん、すみません…。ちょっと気持ち悪いだけだから…、大丈夫です」
「そうか、わかった。じゃあ一番近い部屋に案内しよう」
レイはうなずくと、すっとマヤの前に立つ。
「マヤ、ペトラを貸せ」
「え?」
あっという間にレイはペトラを抱き上げた。
「セバスチャン」
「“ファビュラス” が空いております」
「では水を持ってきてくれ」
「かしこまりました」
セバスチャンが下がると、レイはペトラを抱いたまま歩き始めた。
「マヤ、こっちだ」
「はい!」
レイがペトラを横抱きにしてからの一連の流れがあまりにも迅速で、呆気にとられていたマヤは慌ててあとをついていく。
「レイさん、すみません…!」
「なぁにオレが運んだ方が、早いだけの話」
すたすたと歩きながら、レイはにやりと笑う。
ペトラを見れば、レイに抱かれて顔を赤くしている。
しばらく廊下をずんずんと進んで “ファビュラス” と呼んでいた部屋に着いた。
確かに舞踏会の前にいた待合室より近い。
部屋に入ると、ペトラはソファにそっと下ろされた。
「今にセバスチャンが水を持ってくるから、何か他に要るもんがあるなら、言いつければいい。ペトラ…」
「はい!」
「……なんだよ、すっかり元気じゃねぇか」
「あはは…」
「まぁいい。無理しねぇで少し休んどけよ?」
「はぁい」
「じゃあオレは行くが…」
マヤとペトラは顔を見合わせて、声を揃えた。
「「ありがとうございました!」」
「またあとで」
レイが出ていってから間もなく、セバスチャンが水と熱いおしぼりを持ってきた。
「うわぁ、生き返る!」
おしぼりで額の髪の生え際や首すじをぬぐったペトラは元気な声を出した。