第26章 翡翠の誘惑
「あっ…」
リヴァイが耳元でささやくと、ぞくぞくする。そして王都の船着場で確かにリヴァイがそう言っていたことを思い出したマヤが弾かれたように顔を上げると、リヴァイの青灰色の瞳は笑っていた。
「いくらでも聞いてやるから」
はたから見ればリヴァイは笑ってもいないし、甘い声を出している訳でもないのだが、マヤにはわずかな瞳の光の強さや声の揺れで、リヴァイが優しく語りかけてくれているのがわかる。
「……あのとき訊きたかったことは、どうして王都に来ているのですか… だったのですが、兵長は憲兵団本部に行くと言っていたから、訊いても仕方がなくって…。でも…」
いざ言葉にしてみると、恥ずかしいくらいにどうでもいいようなことだ。マヤはしどろもどろになってしまう。でもリヴァイはゆっくりとダンスをリードしながら、優しくつづきをうながしてくれた。
「……でも?」
「でも…、憲兵団本部に舞踏会と同じ日に行くんだって教えてほしかったですし、なんで兵服じゃないのかも気になりますし…」
……あぁもう…。こんなことを言ったら失礼だってば…!
「すみません…。今のは聞かなかったことにしてください…」
「そうはいかねぇな…」
やっぱり失言だったか、リヴァイを怒らせてしまったのかと思ってマヤが顔を上げると、青灰色の瞳はまだ笑っていた。
「お前の知りたいことは全部俺が教えてやるからよく聞け。……今日は調整日だ。だから私服で来た。お前らの監視役がナイルだと聞いて、あの薄ら鬚には任せておけねぇからな…。何かあってもいつでも対処できるように王都に来たんだ。憲兵団に顔を出したのはエルヴィンから野暮用を預かって仕方なくってところだ」
これがリヴァイの精一杯の答えだ。
本当のところはただ単に、マヤをレイモンド卿の舞踏会に行かせたくない、行くとしても自身の目が届かないところでは心配で居ても立っても居られないのであるが、そんな子供じみた感情をせきららに、マヤ本人を目の前にして言えるはずもなく…。