第26章 翡翠の誘惑
「まずアクアマリンですが。マヤ様のまるで空を舞う鳶(とび)を連想させるような濃い茶色の髪…」
髪結いのこの言葉でマヤの顔がぱぁっと輝く。つい今しがた波長だのオーラだの言い出した髪結いに、少々スピリチュアル的な怪しさを感じていたのだが、自身の髪を鳶色だと言ってくれる人に悪い人はいない。意外と単純なところのあるマヤは、それだけで嬉しくなって髪結いの言葉を真剣に聞こうという気になったのだ。
「この髪に合う配色は色相環でいえば反対に位置する青系です」
「「色相環?」」
聞き慣れない言葉に戸惑う二人。
「色相環というのはですね、色味を環状… 要するにリング状に配置したものなんです。色は光の波長の違いによってその色味を変化させていくんです。そしてそれは赤、オレンジ、黄、緑、青、紫と連続的に変化します。これをリング状にならべて…、えいっ、もうやっ!」
説明の途中で髪結いは、全く色相環を知らない相手に言葉で説明するのはまどろっこしいとばかりに、大きな声で妙な掛け声を出すと。
「これを見た方が早いですね!」
大きな鞄をさぐって、一冊の本を取り出したかと思うと乱暴にページをめくって差し出した。
そこにはページいっぱいに大きな輪っかのイラストが描かれていた。その輪っかは今髪結いが説明していた赤、オレンジ、黄、緑、青、紫を基本としたカラフルな輪っか… 要するにリングだ。厳密には赤、赤みのオレンジ、黄みのオレンジ、黄、黄緑、緑、青緑、緑みの青、青、青紫、紫、赤紫の12色が順番に配置されて一つのリングになっている。
「ここに茶色はないですけど、オレンジを暗くしていくと茶色になるので、ここですね」
髪結いは色相環のオレンジを指さした。
「そして淡い水色の青はここ」
次にオレンジの反対側にある青を指さす。
「この図… 色相環で反対側にある色は “補色” といって互いを引き立て合う相乗効果があるのです。だからマヤ様の髪や瞳を引き立てる色は青系になります」
「「……なるほど」」
専門的な説明を聞かされて、マヤとペトラはわかったようなわからないような気分になった。
とりあえずは納得してみたが、何かが引っかかる。