第26章 翡翠の誘惑
「分隊長は王都で美味しい食べ物はなかったのかと訊いてくれたんです。すぐに思い浮かんだのは、レイさんのお屋敷で食べたホロホロ鳥のたまごサンド! そうしたら分隊長もホロホロ鳥が大好きだって “くんたま” を教えてくれて。そこから話が盛り上がって、兵長のチーズの話もしたんですよ?」
「……俺のチーズ?」
「ほら、リックさんのお店で教えてくれたヤギミルクのチーズですよ」
「あぁ…。シェーブルチーズか」
「そう、それです!」
いつもシェーブルチーズの名前を忘れちゃうと思って、マヤは笑った。
「……分隊長と美味しい食べ物の話をしていたら楽しくって。レイさんに招待されたら任務だとか、自分の世界とは違うとか余計なことは考えずに、美味しいもの目当てに行っちゃうのもありかなって。そんな風に楽しく思えて。ほんと…、分隊長のおかげです」
「………」
ご機嫌な様子で次々と話しているマヤの向かいでリヴァイは、この話の終着点はなんだろうと考えていた。自身でも理解できない苛立ちとともに。
……レイモンド卿が招待するってなんだ。
それだけではなく、ミケと長々と話を…。楽しそうに…。
リヴァイの心中など知らずに、話はつづく。
「分隊長の素敵な提案のおかげで、レイさんの舞踏会には美味しい食べ物目当てで行こうと思えるようになったんですけど、ひとつ問題が…」
上機嫌のあまりに少々芝居がかった声で茶目っ気を出すマヤ。
話の内容がどうも自分にとっては面白くない性質のものだと気づいているリヴァイであったが、マヤのために話に乗ってやる。
「なんだ? 問題とは…」
乗ってくれたリヴァイに、嬉しそうにとびきりの笑顔を向けて。
「せっかくシェーブルチーズやくんたまを目当てにレイさんのお屋敷に行っても、舞踏会で出ないかもしれないんです!」
「……そうか?」
「そうですよ。だってお酒のおつまみなんでしょう?」
「……そうだが」
「酒場のメニューが貴族の… それもレイさんのところみたいな、とんでもなくすごい貴族の舞踏会で出てくるでしょうか…。出るかもしれないし、出ないかもしれない。もし出なかったらどうしようと思ったら、分隊長が…」
……チッ、またミケかよ。
リヴァイはますます苛立つ気持ちのままに、心の中で舌打ちをした。