第26章 翡翠の誘惑
「……それは…、愚案だと言いてぇのは…」
俺はイアンたちに向けて放った言葉を今そのままに、目の前のマヤに伝える。
「イアンが力説している “おとり” の部分だ」
「おとりのところ… ですか」
マヤがまだ意味がわかっていないといった顔で条件反射的に言葉を繰り返している。
「あぁ。駐屯兵のやつらが “おとり” になってどうする。“おとり” は調査兵の俺たちなんだよ」
「……あっ!」
ようやく合点がいったとマヤの小さな口から、ひとこと漏れる。
「門から一斉に怒涛の勢いで出てくる俺たち調査兵の出陣こそが “おとり” だ。“おとり” に巨人が気を取られて、引き寄せられてやってくるところを、援護班のやつらが削ぐんじゃねぇか。それを一緒になって馬に乗って走ってどうする。それは調査兵がいたずらに増えただけになる。なんの意味もねぇ」
「あぁ…。そう言われたら、そうですね…」
マヤは壁外調査出陣時の門からの疾走風景を思い浮かべた。
調査兵の群れに寄ってくる巨人を鮮やかに迎え討つ駐屯兵の援護班。
……確かに調査兵と駐屯兵が一緒になって馬で疾走しては元も子もない。
「……わかったか?」
「……わかりました。イアンさんも納得されましたか?」
「あぁ。理解した途端にしょぼくれてやがったがな…。その場にいた他のやつらも納得したところで、俺は帰ってきたって訳だ」
「……他のやつら?」
「ミタビとかいう大男と、ちっこいクソメガネみたいな女がいたんだ。そいつの名はリコ」
「リコさんかぁ…」
……兵長が “ちっこいクソメガネ” だなんて言うくらいだから、ハンジさんみたいに眼鏡をかけてる人なのね。
会ってみたいなぁ…。
調査兵団はもともと女子が少ないうえに、さらに壁外調査をするたびに数は減っていくし、他の兵団には知り合いがいない。もちろん憲兵団には訓練兵時代の友達のリーゼが在籍しているが…。
だからマヤは、駐屯兵のリコという女性兵士に会ってみたいという気持ちを抱いた。
「おい、もう食堂へ行くぞ」
気がつけばリヴァイが扉を開けて、待っている。
「あっ、今行きます!」
マヤは手早く荷物をまとめると、執務室をあとにした。