第26章 翡翠の誘惑
今この瞬間にマヤがアルテミスをイメージして話していることが、その表情を見ていたリヴァイにはすぐにわかった。
愛馬に大いなる信頼を寄せている凜とした声と、慈しむような優しい琥珀瞳の色。
マヤの顔は、厳しい死地をともに乗り越えてきたアルテミスへの愛にあふれている。
リヴァイにとっても愛馬オリオンは絶大な信頼をおき、何よりも代えがたい存在だ。
命を預けている馬を大切に想う気持ちは誰にも負けないつもりだし、同じように馬を愛する人間は信頼に値する。
……マヤのように馬を大事にするやつに、悪いやつはいねぇ。
ひょんなことから馬への信頼という共通の想いを通じて、マヤへの愛慕だけではない気持ちに気づかされた。
リヴァイは馬とマヤのことを考えていたが、その目の前でマヤは必死で騎馬による援護のデメリットを考えていた。
右頬に手を添え、小首をかしげている。いたって真剣な様子が愛らしい。
……そろそろ答えを出してやるか。
リヴァイは実のところ、いつまでもマヤが考えている一生懸命な顔をずっと眺めていたかったが、そうもいかない。顔を眺めてもいたいが、一緒に食堂にも行きたいのだ。
「マヤ、さっきお前が言っただろう? 援護班が馬で走るなら、おとりになってくれそうだと」
「あっ、はい。言いました」
マヤはおぼろげな記憶を頼りに、つけ足した。
「確か… 駐屯兵のイアン… さん? って方も同じことを言ったんですよね?」
「あぁ、そうだ。イアンも馬に乗った援護班がおとりになれると力説していた」
少し頬のこけた顔の駐屯兵… イアン・ディートリッヒの熱意あふれる声が、リヴァイの脳裏によみがえった。
「リヴァイ兵長! お疲れのところを申し訳ないですが、我々の話を聞いてくれませんか!?」
「ぜひアドバイザーになってほしいんです!」
案内された部屋に行くとそこには、高身長だと思ったイアンよりもさらに上背のあるあご鬚の男と銀髪眼鏡の女が待ち構えていた。それぞれミタビ、リコというらしい。
「リヴァイ兵長! ありがとうございます!」
「イアン! よくやった!」
イアンが俺を廊下の片隅からその部屋まで連れてきたことに、ミタビとリコは感激している様子である。