第26章 翡翠の誘惑
リヴァイの視線がマヤの手許に流れる。
「片づけてくれたか。助かる」
「はい。勝手にやってもいいのかなと思ったけど、ここに積んであるのは、きっとそういうことだと…」
「あぁ、“そういうこと” だ」
リヴァイは執務机まで行きながら答えていたが、角を揃えて置かれた書類を目にしてわずかに眉を上げた。
「こっちも…、すまねぇな」
「……いえ! 書類を出すついでなので」
……書類を綺麗に置いたこと、気づいてもらえた!
トクンと胸が跳ねる。
些細なことでもリヴァイの目に留まると、こんなにも嬉しい。
もっと喜んでもらおうと、役に立とうと、マヤは言い足した。
「あと少しで、全部終わりそうなんです」
手許の書類をとんとんと揃えながら微笑んだ。
きっと “そうか、では仕上げてもらおうか” と兵長も笑ってくれるかと。
そう思ってのことだったが、期待はすぐに裏切られた。
「今日はもう上がれ」
「えっ、でも…」
「メシに行くぞ」
「ピクシス司令と飲んできたんじゃないのですか?」
ミケの “ピクシス司令が飲みに誘う” という言葉が、マヤの頭の中で響いていた。
「いや、司令とは飲んでねぇ」
その答えにマヤは反射的に、壁の時計にちらりと目をやった。
……ではなぜ、こんな時間に帰ってきたの?
そういう素朴な疑問が浮かんだからだ。
すぐにそれを察知したリヴァイは説明する。
「司令に報告を終えて帰ろうとしたら駐屯兵の若いのにつかまってな…。アドバイザーになってほしいと」
「……アドバイザー?」
「有志が集まって話し合いをしていたんだ。壁外調査における援護班の在り方について。最初はめんどくせぇと思ったが、そいつらがやけに真剣で話を聞いているうちに俺も引きこまれた」
「援護班の在り方…」
「あぁ。今は出陣する壁と周囲の廃屋に張りついての援護だからな、あいつらは今まで援護班に許されていなかった騎馬による調査兵との並走を望んでいるんだ」