第8章 タイムリミットとクローバー
ああ、そう言えばと忘れ物を思い出して、立原と別れて白縹の執務室へと再度訪れる。
ノックしてみても返事が無いので、しかし中原だと名乗るのも何故かプライドが邪魔して照れくさくて、俺だ、と無愛想に声にする。
が、その瞬間のこと。
ゴンッッ、!!!
大きな音がしてから、しばしの沈黙。
そしてやけにドタドタと走って扉を直接開けに来たそいつ。
『っ、…あ、……え、な、何でしょう』
「え、何でしょうって……お前俺の財布持ち出しっぱなしだろ」
『ぁ、それでか…』
どこか、ぱあっとしていた雰囲気が綻んでいったような。
こんな様子を見ていると、立原の言っていたことを真に受けてしまいそうになる。
バラすなっていわれてるし、そもそも今の俺にはまだ何も実感がわかないし。
『…はい、ご馳走様です。また明日も貰いに行きますね』
「誰がやるか、誰が」
『とか言いながら隙だらけだから取られるんですよ、牛乳飲んでカルシウム摂取してきた方がいいのでは』
「手前さっきから俺に喧嘩売ってばっ、…おいお前、その腕どうした」
『は、?』
は?じゃなくて、と。
彼女の左腕の肘あたりの色がおかしい。
それに、心なしか少し腫れているような。
そういやさっきすげぇ音鳴ってたし。
「どっかにぶつけたんじゃねえのか?ほっとくと治り遅くなんぞ、冷やしに行った方がい____」
少し屈んで怪我の具合を確認し、アイシングをしようと連れ出そうとして、怪我をしていない方の右手を引こうとしたところで、デジャブを感じたような気がした。
多分、体に染み付いた動きだったのだろう。
そうでなければ、初対面の…それもこんな口をきいてばかりの生意気な女相手にこんなこと、俺がするわけがない。
『……、?…??』
しかし、一向に動く様子のないそいつは目を丸くさせて、少し困惑しているような。
「?…何ぼーっとしてんだよ、早く行くぞ」
『っえ、…い、いいの…?』
「いいのって、お前自分でそれ処置できんの?」
『い、いやその…そっち、もですけどあの…手、…』
繋いだそれに、嫌悪感など抱いていないからそのままにしているのに。
どうしてそれを聞き返すのだろうか。
「手って…ああ、嫌だったらいいけど別に」
『い、嫌じゃない…で、す』
やけに大人しくなるそいつに、不覚にも可愛いなどと思ってしまった。
