第2章 幸村精市の場合
働き始めて数ヶ月経ち、この会社の社風なのかは分からないが月に何度もある社員面談という名の社長と二人きりの会食の時に思い切ってどうして私を採用したか尋ねた。
幸村さんは左手に持っていたフォークをカチャリと静かに置くと、
「実に良い物件だと思った。これを逃したら二度と出会えないような何か不思議な魅力を君は持っている」
"そして、今では特別に目を掛けている。"
と、真剣な眼差しで私を見つめた。
その言葉に、
いくら頭の弱い私でも月に何度もある幸村さんとの会食や勤務外での急な呼び出し、他にも数え切れないぐらいのアプローチにあぁ、と合点がついた。
「自惚れたことをお聞きしますが、つまり社長は私の事を好いて下さってるっていうことですか?」
「好いているといいますか…、君の全てを僕だけの物にしたいってことかな」
「えーっと…、」
思わず言葉に詰まり、
握り締めていたナイフとフォークにさらにぎゅっと力が入る。
幸村さんは口直しのワインを一口飲むとさらに言葉を続けた。
「人の気持ちは簡単には動かせないから
すぐに答えを出せとは言わないが、
…答えはもちろん"Yes"だよね?」
またあの時と同じだ。
幸村さんの言葉に"NO"とは言えず、そのまま深く飲み込まれていく。直感でもう逃げられないと感じた。
小さな声で「はい」と、答えるとさっきとは打って変わり闇が解けたように幸村さんは柔和な表情を見せた。
そこから交際がスタートし、現在に至る。
始まりは強引なものだったが私の事をとても愛してくれた。割りと嫉妬深い人なのか、
時に愛が重すぎたり束縛が激しく感じる事もあったがなるべくその愛に応えるようにし、次第に私も幸村さんの事を愛していった。
今日は、記念日という事もあって外食があまり得意ではない幸村さんが私がずっと行きたいと騒いでいた都内の高層ビルの中にあるアクアリウムレストランに連れてきてくれた。
まるでマーメイドになった気分になれるというコンセプトで魚たちが泳いでいく姿を観ながら食事が出来るという事もあり、予約が数ヶ月待ちだとテレビで放送されており落胆したがそこは神様、女神様、幸村様。
一番良い席を確保どころか貸切になっていた。
「何だか他の人に悪い気がしますね…」
「そうかい?今日は僕達の特別な日だし、このくらい良いだろう?」
