第3章 隠家
結論に至るまで数秒。優凪は右隣にいる筈の織田作を見上げた。
…が、其処に織田作は居なかった。
驚く優凪とは裏腹に、対して織田作は冷静である。
出られないのか、と誰からともなく呟き自販機と壁との隙間に手を差し込んだ。ギギギ、と音を立てて自販機が右前方へ動く。
件の猫が隙間から何事も無かったかの様に這い出てきた。
自販機を直し終わった織田作がそれに気付いてしゃがむ。
猫選手ジャンプしました!見事な肩乗り!
初対面とは思えないコンビネーション!!!
……うん。織田作さんが規格外なのは凄くよくわかった。
いちいち突っ込んでいたら此方の神経が持たない。
半ばツッコミを放棄して、優凪は織田作に近寄る。
「猫は無事みたいだ」
「ですね。良かったです」ホッとしたのも束の間、猫は優凪の顔を見るとシャーッと威嚇してきた。
……扱いの差が酷すぎる。
織田作はふわりと猫を抱え、手提げ袋に入れる。猫は大人しく袋から顔を出している。
「帰るぞ」織田作が此方に声をかける。
「は…あっ、待ってください」
優凪はもう一匹の猫ーー案内役の猫の目線にしゃがんだ。
此方の猫は私が近づいても大丈夫みたい。不思議に思いつつ、
有難う、と御礼を言う。
猫はにゃあと鳴いて優凪の鞄をふんふんと嗅ぎ出した。
何か匂うのだろうか?
「あ、もしかして」
鞄の中からしまっておいた餡パンを取り出した。にゃあお、と一際大きく猫が鳴く。
「織田作さん、あげてしまっても?」
「ああ」
「食べかけだけど……善ければ」
案内猫は差し出された餡パンを袋ごと口に挟んで去っていった。
猫の去っていった方角を二人で眺めていたが、ハッと気付き慌てて織田作の横に並ぶ。
すっと手を差し伸べられた。
恐る恐る右手を差し出して握る。
握り返されたのを確認して、ふと顔を緩めた。
元来た公園の方へそのまま手を繋いで歩く。
公演には日の影が落ち、二人も長い影をぶら下げながら進む。
子供達はそろそろ帰らないと、と持参のスコップを片付けて
ベンチで屯していた老婦人は襤褸の栞を挟み、本をしまい込む。
黄昏時だ。
「先程の依頼人の所に戻るんですよね」
「ああ」
優凪も呼吸する様に問いを紡ぐ。
かさかさと足早に落ち葉が二人を避けて転がった。