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【BANANAFISH】Lullaby【アッシュ】

第5章 叶わなくても




きっと変に思われた。
もう図書館には来てくれないかも知れない。

そう思いながら重い足取りで歩く帰り道で、アッシュが突然マフラーを巻いてくれた時、世界が動きを止めたかと思った。

「やるよ」というぶっきらぼうな言い方とは裏腹に、その仕草は限りなく優しくて、マフラーは柔らかく、暖かかった。
私は涙が出そうになって、痛くなった鼻の頭をマフラーで必死に隠した。

きっと、これで一生分の幸せを使い果たしたんだって、そう思った。


アパートの最寄り駅まで帰り着いて、地下鉄の駅から地上に出た時、見覚えのある車が目に入った。
人通りもまばらな道でその車から降りてきた人は、正面から私を見据えた。

小さな街灯の明かりが、つばの広い帽子を被ったその人の顔に大きな影を作って、私はとてつもなく恐ろしかった。

「車に乗りなさい」

動けなくなった私の手を引っ張って、“Mr. Reed”・・・“R”は私を車に乗せた。
腕の力は決して強くはなかったけれど、私の身体は意思に反してなされるがままだった。

車はすぐに発車した。
行き先など訊かなくたって分かっていた。

暖房が効いているはずなのに少しも暖かさを感じない車内で、“R”の視線が私を突き刺していた。

私はアッシュにもらったマフラーを、両手でぎゅっと握った。

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