第19章 林檎が落ちた
ユリアが父親であるエルヴィンに恋をしていると気が付いたのは、中学生のときだった。
中学の体育祭、親参加のリレーでエルヴィンかぶっちぎりでトップを駆けていく姿を見て好きになった。父親としてではなく、異性として。あれこそ「恋に落ちる」という言葉がピッタリと当てはまった瞬間だ。
高校生になり、雨の日の事故で母親が亡くなった時。
火葬場を去る際に鏡に映った自分の顔が自然と綻んでいたのをよく覚えている。
厳粛で愛のある父、エルヴィン。
不器用で、可愛いところもあって、だけど男らしい、本当に愛している。
「ユリアは“好い人”はいないのか?」
「……」
夕食も終わった頃。
問われ、ユリアは目をパチ、と瞬きする。
「はは、いないなあ」
「そうか」
「あれ?結婚急かさないんだ?」
ユリアはエルヴィンが大好きな林檎を剥いてやり、それをひとつ口にした。
甘くて瑞々しい。いい林檎だ。
「ああ、急かされてするものではないからな。ユリアにとって一番愛せる人間と結婚するのがいいよ。父さんはお前に幸せになって欲しい」
「私は今充分幸せだよ。……お父さんは今……幸せ……?」
「ああ、勿論。お前がいればいい……と言うと結婚しづらくなるか。いい加減、父さんも子離れしなくちゃな」
笑うエルヴィンも林檎を手にして齧る。果実に歯が食い込み、口に飲まれて行った。
ユリアはその手と口元に欲情した。
「……お風呂、入る」
「ああ、長湯するなよ」
社会人になってもこの場所を離れられないのはこれが原因。
ユリアは、エルヴィンを愛している。