第11章 闇 終
ヤナギは、終末の谷にいた。
大量の水が谷底に落ちる音が響く。真っ暗な底。 先が見えない暗闇。
吸い込まれそうな闇が見えた。
ヤナギの母親は、手になにかを持つ。重い表情を浮かべ、足に縄をくくりつけ、きつく縛る。
ヤナギの父、フジは、優しい顔で、ヤナギの手足を縛る。足にはそれぞれ重そうな岩がくくりつけられている。
「ひとりは寂しいだろ?」
ヤナギは、どう答えればいいのか、わからない。
黙っていた。言葉が出てこない。恐い。父さんが狂った。いつもと同じなのに、やけに気持ち悪い。
父さんは薬でラリったように焦点が合わない。
なんで俺はここにいる。わからない。
母さんの頬は、真っ赤に晴れ上がる。吹っ飛ぶほど殴った父さんが狂ったまま、引きずるように連れてきた。
なにをする気なんだ? 母さん、なんで黙ってるの? なんで父さんの言う通りに動くの?
母さんは呪文のように、なにかをぶつぶつと言う。
「あんただけは……あんただけは……絶対……、絶対に……」
ヤナギは、意味がわからない。パニックのまま体が、宙に浮く。
父さんが、俺に微笑む。
「いっしょだと寂しくないだろ?」
そう言った瞬間。
真っ逆さまに落ちた。
……どぼん。
「っ!!」
悲鳴は水の中では聞こえない。ゴボゴボと水を飲んでしまう。
冷たい……苦しい。真っ暗な水の中をもがいた。助けて。だれか、だれか、俺を助けて、見つけて!!
もがいて、息をしようと水面に向かおうとするのに、足や手はロープがくくりつけられ、泳げない。ぶくぶくと沈み、どんどん底に向かっていく。
暗い。上も下もわからない。
闇の中、ヤナギは、ひたすらもがく。
いやだ、いやだ、死にたくない!
そう思ったときに、母さんの手が俺の足を掴む。冷たくてひんやりした手だ。
いっしょに?
いやだ、いやだ!
もがき、パニックで足を動かす。
ブチ……ン……
足の縄が外れた。俺は無我夢中で水面に向かう。母さんの手を蹴った。いやだ、いやだ!
急いで、足だけを
動かし、上を目指した。
苦しい……だれか………
ヤナギは意識が消えていくとき、水面の底を見た。
父さんと母さんが俺を見上げて
闇に沈んでいった。