第30章 ささやかな代償
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エレンの巨人化実証実験の準備のため、私は一足先に実験場に到着していた。
ハンジ分隊長によって実験道具等のセッティング作業が指示されたが、私の本来の所属であるハンジ班は森の奥で何か別の作業をしているようだった。
実験場からは少し離れた森の奥で、一体何の作業をしているのだろう。詳細は聞かされていないので、私には全く分からないが…。
そうこうしている内に実験開始の刻限となり、森から出てきたハンジ分隊長の号令で実験が開始された。
エレンには枯れた古井戸の底に入ってもらって、巨人化しても拘束しやすいようにしてある。
巨人化を許可する信煙弾が打ち上げられる。だが、どんなに待ってもエレンは出てこなかった。
ハンジ分隊長とリヴァイ兵長が古井戸の底を覗き込むと、そこには巨人化しようと必死に奮闘して、自身から流れ出した血液で両手を真っ赤に染めたエレンが立ち尽くしていた。
巨人になれないのでは、計画していた実験を何一つ行うことができない。どうしようもないので、とりあえず兵士達には待機命令が出され、エレンはリヴァイ班の面々に伴われて臨時の休憩所へと戻ってきたのだった。
表情を険しくしたリヴァイ兵長に辛辣にどやされながら、がっくりと肩を落とすエレンを見て私は胸が苦しくなる。何とか気持ちを楽にさせてやりたいが、今の彼に何と声をかければよいのか分からなかった。